五感情報通信技術に関する調査研究会 報 告 書

( 総務省 )

平成12年11月

はじめに


産業革命が世界を農業社会から工業社会に移行させたように、情報通信技術(IT)の活用は、情報流通の費用と時間を劇的に低下させ、密度の高い情報のやり取りを容易にし、世界規模での急激かつ大幅な社会経済構造の変化を生じさせることとなった。このいわゆるIT革命がもたらし得るメリットとしては、経済構造改革の実現、産業活動の効率化や、さらには生活の利便性の向上や多様なライフスタイルの実現といったものがある。

既に、新聞、電話、ラジオ、テレビもしくは映画などの多様なメディアを通じて、われわれは大量の情報を日々入手しているが、先に述べたように、近年では特に、高度な情報通信ネットワーク技術をベースにしたインターネットが急速に普及し、この傾向は一層加速されつつある。しかしながらその一方で、こうした情報通信技術の進展にもかかわらず、われわれが情報通信技術により入手できる情報は、電話やラジオのように音声であったり、テレビのように音声と映像などであったりと、聴覚と視覚という非常に限定的な感覚情報にとどまっている。

われわれは五感(通例では、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚が五感として称されているが、本報告書では人間の感じるすべての感覚を五感として扱っている。)を通じて外界の情報を収集し、その情報により周辺の状況を分析し、適切に反応している。これまで情報通信の技術に求められていたものが、ある種の臨場感伝達であるとするならば、今後は触覚、嗅覚、味覚といった情報についても視覚や聴覚と同様に、技術の枠組みの中に取り込んでいこうとすることは極めて自然な行き方であろう。

五感情報を通信するという技術は、これまで聴覚情報と視覚情報が中心であった情報通信の分野に新たなディメンジョン(次元)を付加するほど革命的なものである。それは、2次元の平面映像が3次元の立体映像になっただけで遙かに高い臨場感を生み出すという事例から想像されるように、計り知れない効果があるはずであり、そこには今までの情報通信でわれわれが体験してきたものとは全く違う世界が広がっていると期待される。

具体的には、この五感情報通信が実現することにより、教育、医療・福祉からエンターテインメントまでの幅広い分野において、より一層の利便性の向上が図られるものである。しかしながら、現在の情報通信技術の研究開発においては、この五感情報通信を実現するために必要とされる様々な技術について、個別の感覚毎の研究は進められているが、五感としての統合された体系的な研究が、国内外を問わずあまりなされていないのが実状である。

その主な理由は、各感覚器の刺激受容のメカニズムについての研究は、個別にはかなり進められてきたものの、こうした基礎科学の分野と具体的なシステム構築にかかわる情報通信技術の分野との間に、大きなコミュニケーションギャップがあったからである。

実際に人間がどのように五感情報を脳内で知覚しているかという生理学・心理学的な面での解明が非常に難解であることはもちろんであるが、これらの成果を部分的であるにせよ、五感情報のセンシングや再生を支える工学的技術に応用していこうというプラグマティズムが今求められているのではあるまいか。

プラグマティズム・・反形而上学的傾向の哲学思想。神・霊魂を研究対象とする学問ではなく、人間の感覚で捉えることができる世界を研究対象とする学問。

それだけに、五感情報通信技術として研究開発を総合的に立ち上げることにより、世界に先駆けてこの新たな分野を確立し、国際的な競争力を確保することが可能である。また、一連の研究においては工学的分野と生理学・心理学的分野との学際的な連携が重要であり、その結果としてナノテクノロジーやライフサイエンスのような分野への非常に大きな波及効果が期待されるものである。

ナノテクノロジー・・髪の毛の太さの約十万分の一という超微細な世界をコントロール、その性質を利用した技術

このような背景の下、総務省(旧郵政省)では平成12年11月から「五感情報通信技術に関する調査研究会」を発足させ、五感情報通信技術に関する内外の研究開発動向等を調査・分析するとともに、電気通信技術審議会答申「情報通信研究開発基本計画」(平成12年2月)を踏まえ、これまで五感情報通信技術に関する研究開発課題、研究の推進方策等について検討を行ってきたものである。

本報告書は、本研究会における検討結果をとりまとめたものであり、これにより我が国における五感情報通信技術の研究開発が推進され、21世紀に相応しい新たな情報通信社会が開かれることを強く期待する。

五感情報通信技術に関する調査研究会座長
目 次

はじめに

第1章 五感情報通信とは........... 1

1−1 より自然なコミュニケーションを目指して.......... 1

1−1−1 自然なコミュニケーション ........... 1

1−1−2 本研究会の目的と検討事項 .......... 1

1−2 五感情報通信とは ........... 2

1−2−1 五感とは ........ 2

1−2−2 情報通信の観点からみた五感の特性 .................. 3

1−3 五感情報通信に関連する技術開発の歴史 ......... 6

1−4 五感情報通信の今後に向けて......12

第2章 研究開発の現状....13

2−1 概要 .....................13

2−1−1 脳からみた五感情報通信とは .............13

2−1−2 脳における感覚情報処理 ......14

2−1−3 科学感覚(味覚、嗅覚)情報の重要性 .................23

2−1−4 情報通信技術 ...............25

2−2 視覚 ..................30

2−2−1 生理学・心理学・その他 ..............30

2−2−2 情報通信技術 ................31

2−2−3 他感覚との融合 .......36

2−3 聴覚 ................37

2−3−1 聴覚の仕事 ............37

2−3−2 音メディアを扱う情報通信技術の動向 ................38

2−3−3 聴覚生理学・心理学の動向 ............40

2−3−4 聴覚と他の感覚との相互作用............43

2−3−5 まとめ .................45

2−4 味覚 ..................47

2−4−1 はじめに ............47

2−4−2 味覚の総論 ............48

2−4−3 味覚の各論−主として神経・中枢での情報処理・生理 .............51

2−5 嗅覚 .................60

2−5−1 生理学・心理学 .............60

2−5−2 匂いの通信 .............65

2−6 触覚 ............69

2−6−1 生理学・心理学・その他 .............69

2−6−2 情報通信技術 ...............73

2−7 感覚間の相互作用 ..................83

2−7−1 間接知覚論での相互作用 ...............83

2−7−2 直接知覚論とその枠組みでの相互作用の議論 ..........84

2−8 海外における研究開発動向 .................98

第3章 五感情報通信の実現イメージ ...... 100

3−1 五感情報通信に対するニーズ ...... 100

3−2 五感情報通信の実現イメージ .................. 102

3−2−1 五感情報通信の類型化 .......... 102

3−2−2 具体的な実現イメージ ......... 110

第4章 今後の研究課題と目標 .......... 115

4−1 五感情報通信技術の技術開発ロードマップ ......... 115

4−2 五感情報通信の実現に向けた個別要素の研究課題 ............... 118

4−2−1 工学的アプローチ ......... 118

4−2−2 生理学・心理学的アプローチ....... 119

4−3 五感情報通信によるコミュニケーションの実現に向けた研究課題 .... 119

4−3−1 短・中期的な研究課題 ............. 120

4−3−2 中・長期的な研究課題 ............. 121

4−4 研究開発の推進方策 .............. 122

4−4−1 研究開発推進のための考え方 .......... 122

4−4−2 研究開発推進のために各研究セクタに期待される役割 ............ 122

4−4−3 研究開発体制 .............. 124

4−4−4 効果的研究推進のために留意すべき事項 ...... 128

付 録 ............. 129

1.五感情報通信に関連する基礎研究・技術開発の歴史(詳細版)...... 131

2.海外における研究動向........... 141

3.国内における研究動向 .................. 145

4.調査研究会開催要綱等 ............. 155

5.調査研究会検討経過 ............. 159



第1章 五感情報通信とは

1−1 より自然なコミュニケーションを目指して

1−1−1 自然なコミュニケーション

人間は、対面コミュニケーションの場面で、眼や耳だけでなく、自らの有する全ての感覚器を用いることにより、相手との情報交換を図っている。その際に、それぞれの感覚器で獲得された情報が脳機能により統合され、現実感が育まれる。ところで、近年、社会・経済・生活場面での情報通信の役割が増大しつつあり、遠隔地間におけるコミュニケーションをリアルタイムでかつ、対面コミュニケーションと差異の無い環境を提供する技術開発が活発になっている。

つまり、遠隔地間のコミュニケーションは、電話からテレビ電話へと進展することが自然な流れであり、将来的には画像や音声に加え、触感や味、匂い、その他深部感覚や平衡感覚に関してもコミュニケーション相手との間で交換・共有することが当然となることが予測される。

1−1−2 本研究会の目的と検討事項

情報通信技術の進展と社会への浸透、および今後の自然なコミュニケーションに関して俯瞰(ふかん)すると、視覚情報と聴覚情報に、嗅覚情報、触覚情報、味覚情報、その他深部感覚情報や平衡感覚情報を加えた五感情報を統合的に通信に利用することが必要である。五感情報の統合的な利用が、対面コミュニケーションにきわめて近い、より自然なコミュニケーションを遠隔地間でも行うことを可能とする

私の仮定・・ハイテク機器を使った遠隔操作で、本人だけが認知できる @「声や音の送信(聴覚)」 A「画像の送信(視覚)」 B「匂いの送信(臭覚)」 C「性器などへの触手感の送信(触覚)」 D「辛い、甘いなどの食感の送信(味覚)」など、五感の研究が総務省主導で行われている。五感情報通信の統合的な生体実験は、公には行えない。よって、宗教団体などによる狂信者の仕業にすり変えられているかも。政府は「見て見ないふり」が出来る現法体制を変えようとしない。「思考盗聴」などのハイテク被害者を犠牲にしている。五感情報通信の個別のプロジェクトで、生体実験される人間が出てくることを想定して、「統合失調症」という病名も作られたと思われる

また、五感情報通信の実現は、多大なる波及効果を生むことも想定される。他国ではあまり注目されていない基礎研究であることから、実用的な国際特許の取得が予測され、さらには、テレワーク、遠隔医療・教育、文化保存等幅広い応用分野の活性化が期待される。こうした分野の活性化は、それぞれに、新規産業の育成や地域振興につながるものである。

私の意見・・他国に先駆けて研究をする段階において、ネット上で騒がれている電磁波を使った肉体的攻撃、精神的虐待を、国連で取り上げられたら、日本政府は、たちまち、世界から激しいバッシングを受けることになる。実用的な国際特許の取得などというのは、大企業や、軍需産業などの利権に貢献するだけで、一般国民への恩恵は、すずめの涙程度のものであると思う。

以上の背景から、五感情報通信技術について、その将来展望を明らかにするとともに、実現に向けて取り組むべき研究課題や研究開発の推進方策等に関して、次の点について調査研究を実施した。

・ 五感情報通信技術に関する内外の研究開発動向

・ 我が国が取り組むべき研究開発課題と研究開発の推進方策
 五感情報通信技術の将来展望

本報告書は、五感情報通信の歴史および研究開発の現状を調査・整理した上で、将来の実現イメージと社会的インパクトを明確にし、研究開発課題の明確化、研究開発課題など研究開発の方向性を提言するものである。




1−2 五感情報通信とは

1−2−1 五感とは 
人間は、感覚器官を通して、周囲の環境に係わる情報を獲得している。主要な感覚器官は、眼、耳、皮膚、口、鼻等であり、これらの個々の感覚器官を通して人間が獲得する感覚そのものを、本報告書では「感覚のモダリティ」と言う。感覚のモダリティは、特殊感覚と一般感覚に分けることが可能である。特殊感覚は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、平衡感覚があり、一般感覚には、温・冷・痛等を感じる皮膚感覚、筋の伸張等を感じる深部感覚、および内臓感覚が含まれる。

モダリティ・・話し手の推測の部分「きっと〜だろう」

ところで、人間が感知可能な情報は、物理化学的刺激を伴うものである。通常は、光刺激、音刺激、化学的刺激、機械的刺激、熱刺激の五つが、感覚器官により感受される刺激である。光刺激は眼に、音刺激は耳が感受することにより、視覚や聴覚等の感覚が形成される。さらには、機械的刺激や熱刺激は、皮膚が感受する。気化性の化学物質は、鼻が、可溶性の化学物質は口内で感受される。適切な量の刺激(適刺激)を受けて、それぞれの感覚器官が、感覚体験を構築する。

感覚器官と感覚のモダリティの関係は、感覚器官が受容した刺激により、感覚のモダリティ毎に感覚体験が形成されることが普通であるが、ある種の刺激は複数の感覚器官に作用すること、および刺激が無い場合でも感覚体験が形成されることがあるため、人間は全ての感覚器官を介して、それらが受容した刺激により形成される感覚のモダリティ全体により、感覚体験を獲得していることに注目すべきである。

本報告書で言う五感は、こうした感覚のモダリティ全体により構成されるものであり、感覚器官が受容した刺激により形成される視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚といった五つの感覚に代表される人間の感覚全体を指している。


1−2−2情報通信の観点からみた五感の特性

本報告書においては、五感を情報通信の対象と捉え、五感情報通信について検討する。五感を情報通信の対象と捉える場合、センシングした五感に係わる情報を符号化し、符号化された情報を通信路により伝達を行い、再現デバイスが符号化された情報を再現する。そのため、センシング技術および再現技術に関する技術開発が必須である。さらには、センシングおよび再生を適切に行うためには、それらについて人間のメカニズムを明らかにすることが重要であり、脳内処理を解明する必要がある。

センシング・・・センサーで物理量や音・光・圧力・温度を計測・判別すること。

私の感想・・・人間のメカニズムを解明するというのは、人間の五感を符号化、それを送信、パソコンで再現すると言う意味だろうか?。催眠術だって、自分の意志で「催眠にかかりたい」欲求と、「催眠に絶対にかからないぞ」という反発で結果が違ってくる。脳内処理の解明が、人間の「こころ」の働きまでも変えることは不可能じゃないかと思うのだが・・

そこで、五感情報のうち代表的なものとして視覚・聴覚・触覚1(平衡感覚、皮膚感覚、深部感覚)・味覚・嗅覚について、センシング技術および再現技術に係わる技術レベル、および脳内処理の解明のレベルについて鳥瞰(ちょうかん)する。先に述べたように、視覚と聴覚は光や音の物理的刺激により形成される感覚である。これらは、受容器の解明が進み、センシングデバイス、再現デバイスに関しても実用レベルとなっている。ただし、脳内機能に関する解明は十分でない

触覚は、機械的刺激・熱刺激等の物理的刺激を入力とするが、受容器の解明が進んでおらず、センシングデバイスに関しては実用レベルとなっていない。再現デバイスに関しては一部で実用レベルになっているが、広く利用されてはいない。

私の感想・・・「電磁波犯罪はスミレの匂い」というHPをみると、触覚の送信が、どう悪用されるかが解る。このサイトの管理人も下腹部や性器への触手感を経験している。また、男性も、性器を握られたりするようである。

味覚と嗅覚に関しては、化学的刺激により形成されるが、受容器の解明が進んでおらず、センシングデバイス、再現デバイス等も研究途上である。さらに、各感覚モダリティに共通して、脳内過程に関する解明が進んでいない。今後、五感全体を統合した五感情報通信の実現に当たっては、脳内過程に関する研究が不可欠である。

表1−1に、感覚モダリティ、感覚器官、刺激、感覚の性質等の関係を情報通信の観点から総括する。さらに、図1−1に、感覚モダリティ別の研究開発の進展度合いのイメージを示す(詳細は第2章にて述べる)。

1 本報告書では平衡感覚、皮膚感覚、深部感覚を便宜上「触覚」に分類する。







1−3 五感情報通信に関連する技術開発の歴史

五感情報通信に関連する技術開発は、19 世紀初頭から行われた。19 世紀初頭に、ヤングにより色の三原色説が唱えられ、視覚機構の解明の端緒となった。19 世紀には、電話、電信、無線電信、蓄音機等今日の情報通信技術の基礎となっている技術が発明された他、脳において運動野や言語野が発見されるなど、生理学の基盤が確立された。20 世紀前半には、ラジオやテレビが実用化され、真空管や電子複写機が発明された。

特に、真空管の発明は、1946 年のコンピュータの発明を促し、20 世紀後半の情報通信技術の礎を形作ったといえる。一方、生理学・心理学においては、うまみの発見やにおいのプリズム説等が20 世紀初頭に展開されたが、脳地図の発表や神経パルスにおける生化学反応の発見、脳波の測定等、脳や神経系に関する知見が蓄積された。


20 世紀後半となり、1950 年代にはカラーテレビが実用化され、視覚と聴覚における多くの機能を利用する遠隔地通信は当然の時代となった。また、聴覚においてはカクテルパーティ効果が発見され、以降の研究に影響を与えた。生理学・心理学面においては、ヒトの脳の機能地図が解明されるとともにレム睡眠が発見された。1960 年代から1970 年代にかけてはコンピュータの社会への浸透が進み、1969 年のARPANET 運用開始に端を発したコンピュータネットワークの発展、1975 年のマイクロチップの発明により、情報のデジタル伝送が実用化され、五感全体に情報通信の可能性が模索される時期となった

生理学・心理学面においては、アフォーダンス理論、ニューロンの発見など神経細胞の機能解明、マガーク効果などの感覚間相互作用の発見等五感に共通した知見の蓄積が着々となされる一方、1970 年以降個々の感覚に関する機能の解明が推進され、視覚・聴覚については知覚に係わる機能の解明が進み、嗅覚・味覚に関しては認知に関する機能の解明が進んだ。

1989年には世界初の商用VR(Virtual Reality)システムが発表され、以降マルチメディア情報通信の本格化に伴い、視覚については3D 映像の研究が、触覚については再現ディスプレイの研究が盛んになり、視覚・聴覚・触覚の3感を利用したシステムの実験が開始された。また、デジタル映像符号化方式(MPEG-1、MPEG-2)の標準化をはじめとする五感情報通信技術に関連する標準化作業についても進展が見られ始めている。表1−2に、五感情報通信に関連する基礎研究・技術開発の歴史を示す。











1−4 五感情報通信の今後に向けて

人間は、常に全ての感覚を通して獲得される情報の中で生きている。感覚には、視覚、聴覚をはじめとして、多くの種類があり、それらを介する情報の統合化が日常的に行われている。一方、情報通信技術においては、現在まで、実現の技術的難度が比較的低いという主たる理由により、視覚と聴覚に訴える技術開発が主流であった。テレビ、ラジオ等の放送、電話やテレビ電話等の通信、電子メールやストリーミングといった情報技術に立脚した通信のいずれにおいても、訴えかける感覚は、視覚と聴覚に偏向していた。

近年、触覚に対する支援技術が、シュミュレータ等においても実用化されているが、一般的な普及は進んでいる訳ではない。そこで、今後は、人間が日常的に行っている知覚体験を、情報通信技術により包括的に支援することが重要となる。

視覚、聴覚に加え、触覚を通常利用可能とし、嗅覚や味覚および他感覚においては、匂いや味を符号化することを可能とすることにより、それぞれの感覚器官に訴えかけたり、複数の感覚器官に統合的に刺激を与えたりすることを可能とする技術開発が必要となっている。こうした状況下において、今後の五感情報通信技術の研究開発の今後を検討するため、以下第2章では研究開発の現状を、第3章では五感情報通信の実現イメージを、そして第4章では五感情報通信の研究推進方策についてべることとする

私の感想・・・臭覚や、味覚、触覚は、膨大な国家予算と、時間をかけて研究するに値するものかどうか疑問である。テレビやパソコンに、料理の匂いが送信されたり、事故現場からガスの臭いが送信されたり、悪臭が送信されたら、香りや臭いに抱く個々の感覚が無視されることになる。嫌いな料理の匂いや、嫌いな香りを、嗅ぐわされることになりかねない。ある意味、精神的虐待になりかねない。私は今、創価学会の集団ストーカーに遭っている。加害者側から匂いの送信を二度経験している。「おしっこの臭い」と、「排気ガスの臭い」である。感覚伝送だから、いづれも10分位で消えた。全国にいる集団ストーカー被害者たちは、すでに五感情報通信プロジェクトの生体実験にされているのだ。

総務省はそれを黙認している。五感情報通信の研究の過程で、被害を想定して「統合失調症」という病気を創ったとしか思えない。被害者は警察に行っても相手にしてくれない。泣き寝入り状態だ。そのため、各地で意味不明の事件続出、自殺者増加。いじめ増発を、引き起こしている。国家の緊急事態発令が出てもいい位なのに、なぜ、総務省は見てみぬふりをしているのか解らない。もしかして、五感情報通信プロジェクトに創価学会が膨大な資金援助をしていて、総務省が買収されたんじゃないでしょうね。フランスでは、創価学会はカルト認定されているのに、日本では、カルト集団の片棒を担いでいる公明党が政権入りしている異常さだ。総務省はそれらについて、見解を出して欲しいものである。

第2章 研究開発の現状

2−1 概要    

2−1−1 脳からみた五感情報通信とは

われわれは、環境内である物体を見たときには、過去の経験や学習による記憶に基づき、何に使用するものか、手触りはどうか、美味しい食物かあるいは路傍の石のように無意味なものかなど数多くの関連事項を想起して、それが何であるかを理解する。たとえば、食事をする場合、茶わん、茶わんに盛られたごはん、箸など、各々が何であるか、その使用方法を含めて認知し、自然に茶わんを手に持って箸でご飯を食べる

さらに、われわれは状況に応じて、たとえば、相手の顔の表情を見て喜んでいるのか、怒っているかなどを認知して臨機応変に行動できる。一方、認知障害の一種である視覚失認症の患者では、日常生活でもしばしば重大な誤りを犯し、歯ブラシを櫛と間違えたり、髭剃り用クリームを歯磨き粉と間違えたりする。すなわち、ヒトや動物が環境に応じて適切に行動するためには、感覚情報を単に知覚するだけでなく正しく認知することが必須の条件である。われわれが日常生活を難なく過ごせるのは、この脳の認知機能が常に正常に機能しているからである。

この際、外界環境から感覚情報を受容して脳が扱う情報量は、毎秒100 億ビットにも達すると言われている。ヒトの脳内には、約1000 億個以上の神経細胞(ニューロン)と大脳皮質だけでも10 の14 乗個ものシナプス(ニューロンとニューロンの結合部)があり、また、各々のニューロンはそのシナプス形成において10 の28 乗もの自由度をもつと考えられている。

脳内には、このような超並列的な情報処理システム(ニューラルネットワーク)が存在し、そのような膨大な情報のリアルタイム処理を可能にしている。これら認知過程は、後述するように感覚情報の知覚、学習、記憶との照合など脳の高次統合機能の総合されたものである。このようにわれわれは日常何気なく生活しているが、その本質は感覚器と運動器を介した外界環境との相互作用である。五感情報通信では、遠距離またはヒトが物理的に存在することが不可能な場所の外界環境情報を脳内に高精度に再現することにより、ヒトと外界環境との相互作用を飛躍的に増大させることを目指している。

すなわち、五感情報通信はこの相互作用の距離的な延長を図るものであるが、脳内で起こる現象の本質は変わらないと考えられる。この脳の仕組みを知ることは、五感情報通信において通信すべき情報の質および情報量の設定につながり、各種センサーや感覚の再生(再現)装置の設計にも直接関わる非常に重要な問題であると考えられる。本章では、以上の観点から脳内の感覚情報処理過程を中心に概説する。




2−1−2 脳における感覚情報処理

(1) 感覚の種類と符号化

五感情報通信では、生体が受容する感覚情報を総合的に通信伝達しようとするものであり、生体が受容する感覚情報を知ることはその第一歩である。表2−1に示してあるように、感覚は、それを受容する感覚受容器の存在部位により、特殊感覚と一般感覚に分類され、一般感覚はさらに体性感覚と内蔵感覚に分類される。特殊感覚は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、および平衡感覚に、体性感覚は、さらに皮膚感覚と深部感覚に分類される。これら感覚の種類を感覚種とよぶ。

このうち、* 印をつけた感覚は意識的に感知できる感覚である。これら感覚種には、それぞれ固有の受容器があり、この受容器により物理・化学的情報である感覚情報が神経情報(神経インパルス)に変換される(この過程をトランスダクションという)。例えば、目は光刺激を、耳は音刺激を神経インパルスに変換するが、これら感覚受容器が変換する特定の感覚刺激を適刺激という。個々の感覚受容器における変換様式については、次節と各論を参照して頂きたい。

表 2-1 感覚の分類



表2−2は、感覚刺激の発生する場所により、感覚受容器を分類したものである。外界環境情報を受容する受容器が外受容器であり、これら外受容器が受容する感覚には、皮膚感覚、味覚、聴覚、視覚、および嗅覚が含まれ、一般に五感と呼ばれている感覚である。尚、平衡感覚(重力や回転および直線移動における加速度感)は平衡器官の有毛細胞で感知されるが、有毛細胞を刺激するには被験者自体を物理的に移動させる必要があり今後の課題である。


(2) 五感情報の特性とセンサー

生体の内外の感覚情報を受容する感覚機能は、生体が外界環境に反応し、生体内の内部環境の恒常性を維持していくために必要不可欠の機能である。とくに五感(味覚、嗅覚、皮膚感覚、視覚、聴覚)はわれわれが姿勢を正しく持ち健康を維持し安全に活動する上で重要な感覚である。皮膚感覚のうち触覚は物理的刺激である圧力や振動等の変化に対応する感覚であり機械的感覚(Mechanical senses)とも呼ばれる。

物理的刺激を電気的信号に変換する技術が進歩し、皮膚感覚はタッチセンサーや温度センサーとして実用化されている。視覚と聴覚は光と音の相違はあるが、遠方で発信された物理的エネルギーを空間内に容易に定位でき、極めて類似性の高い感覚である。

私の感想・・・銀行のATMが指でタッチして操作するが、真冬に指が凍っている時には、画面が反応しないときがある。温度センサーの働きである。集団ストーカーに遭っている被害者の中には、映像が送られてくるとか、24時間、声が聞こえてくるとかの報告がある。私自身も、部屋の空間で、人の声や、機械の操作音など聞いたことがある。現在は、車の騒音が聞こえてきて、寝れない日もある。自然の騒音なら、アルミドアを閉めると、ピタリと音はなくなる。しかし、電磁波による騒音は、窓を開けていても、閉じていても、騒音の大きさは変わらない。総務省が、この研究過程の実態を把握できない間に、電磁波ハイテク機器を悪用した組織犯罪が横行してしまっている。総務省は、早急に、その現実に目を向けるべきである。

視覚は、水晶体(レンズ)に入射した光が、眼底の網膜(カメラのフィルムに相当)にある視細胞や神経節細胞を刺激することにより得られるが、実際の画像としては脳(大脳視覚野)に投影されて知覚する。そして興味のある対象、例えばテニスボールの動き等を視覚の中で選択して見ることも出来る。網膜からの視覚情報は、脳の左右にある視覚野にそのまま右から右脳へ入力する一方、右から左脳にも交叉して入力され遠近感などの立体視を可能としている。

この仕組みの一部に障害が生じると動体視力が低下し球技が困難になるだけでなく上手に物を手に取ったり危険を回避したりする能力が低下する。技術的には、すでに視覚ではカメラやコピーさらにはテレビを用いて画像の広汎な伝播が可能になっている。聴覚では、音による刺激を中耳の鼓膜に共鳴振動させ、その振幅と波長よりそれぞれ音の強さと高さとして内耳の有毛細胞と聴神経が受容し、脳の聴覚皮質で言葉か、音楽か、危険信号か等の音の持つ意味を理解して行動に反映させる。

聴覚でも、今日携帯電話のように日常的に利用され、双方向の情報交換が可能になっている。しかし、種々のセンサーによりこれら物理的感覚を電気的信号に変換して情報を得ることは出来ても、感覚情報を認識し、過去の経験に基づいて行動を選択するための判断をしているのは、われわれの脳の高次機能である学習記憶によることを忘れてはならない。

嗅覚と味覚は化学物質の受容体への刺激により生じる感覚で化学感覚(Chemical senses)と呼ばれる。嗅覚では、われわれの身近にある対象物が発する特有の化学物質を香りや匂い、あるいは危険を知らせる警報として理解する。動物相互の嗅覚刺激としてフェロモン等がある。これは雌雄が離れて生活し繁殖期に会合できる手段として発達したもので、高等動物では鼻孔内の鋤鼻器で受容し、性ホルモンの分泌を惹起して性行動を誘発する。ヒトでは鋤鼻器の存在は否定的であるが、同室する女性間では月経周期が同調していることからヒトにもフェロモン様の機能が存在すると考えられている。

味覚では、食事中に食物を口にいれて咀嚼し、唾液中に溶出する栄養素等の化学物質の刺激により食物か否か、食物なら何か、そして身体が求める栄養素を含むものかについて判断し、問題がなければ嚥下して消化吸収過程に入る。しかし、食中毒の経験など過去の体験から問題が生じる可能性がある場合は吐き出し、摂食を中断する。

また、味覚情報は、消化液の分泌を盛んにして咀嚼後の消化吸収を促す。消化吸収過程では、消化物に含まれる電解質、糖やアミノ酸濃度に関する情報が、消化器官に分布する迷走神経などの自律神経系(内臓感覚)を介して脳に入力され、脳より再び各消化器系各臓器にフィードバックされ円滑な消化を促す。このような仕組みにより、吸収後の栄養素の代謝が調節され、食事の前後でも個々の栄養素の体液濃度が一定に保たれる(生体恒常性、ホメオスタシス)。

これら嗅覚、味覚、そして消化吸収過程で生じた内臓感覚は、すべて物質の化学的性質を伝える化学感覚であり、化学物質が受容体に結合することにより受容器細胞の膜電位が変化し神経インパルスに変換されて脳に情報として入力される。従って、身のまわりにある数限りない化学物質に対して、それを認識し行動に反映させるためには、触覚、視覚、聴覚と同様に極めて高度の脳内感覚情報処理と過去の記憶情報に基づいた判断が必要となる。




(3) 脳における感覚の情報処

一般的に、感覚システムは、感覚器官 → 皮質下中継核 → 大脳皮質第一次感覚野 → 単一種感覚連合野 →多種感覚連合野 → 超感覚性皮質、大脳辺縁系という経路をとる(図2−1)。



各感覚情報はすべて感覚器官で神経インパルスに変換されるので、感覚器官以後はインパルス自体では感覚種の違いを識別できない。しかし、インパルスに変換された情報は、それぞれの感覚受容器から各感覚種ごとに異なる神経経路(異なる中継核)を経てそれぞれ異なる大脳皮質感覚野に到達する。大脳皮質には、それぞれの適刺激に応答して興奮する様々なニューロンが一定の順序で規則正しく配置されている。

例えば、大脳皮質視覚野では網膜の特定の部位を刺激したときに興奮するニューロンがその網膜の配置に対応して、体性感覚野では身体の特定の部位を刺激したときに興奮するニューロンが身体の配置に対応して配置されている。したがって、各受容器をその適刺激で刺激すると、大脳皮質第一次感覚野の特定のニューロンが興奮し、それぞれの知覚が生ずる。このように、各感覚を感じる仕組みは、異なる大脳皮質感覚野のニューロンが興奮することによるものであり、各大脳皮質を人工的に直接電気刺激すれば感覚を人為的に起こすことが可能である。最近この原理を応用して、視力を失った患者の大脳皮質視覚野を刺激して視覚を回復させる試みがなされている。第一次感覚野以後は、感覚情報が順次統合され、高次の情報に変換されていく(図2−2)。




視覚経路では、さらに背側路と腹側路に分かれ、それぞれ視空間情報と物体情報処理に関与している。それに伴いニューロンの応答特性も変化し、大脳皮質第一次視覚野(17 野)には網膜の特定の位置に投影された線分の傾きや運動方向に対して選択的に応答するニューロン(特徴抽出ニューロン)が存在するが、腹側路の視覚連合野である下側頭皮質のニューロンは、様々な図形パターンやヒトの顔など特定の視覚パターンに応答する。

これら各感覚連合野からの情報は、多感覚連合野(上側頭溝皮質など)、さらには超感覚皮質(頭頂葉後部皮質や前頭連合野など)および大脳辺縁系に統合される。超感覚皮質は、特定の感覚情報によらない空間や言語などの概念的情報処理や、それらの結果に基づいた意志決定や行動出力の形成に関係している。例えば、空間概念は、視覚、、聴覚、および体性感覚のいずれからでも形成可能であり、特定の感覚に依存しない概念である。

一方、大脳辺縁系(扁桃体や海馬体など)にもすべての感覚情報が収束しており、扁桃体では入力された感覚情報の快・不快などの生物学的価値評価に、海馬体ではこれらすべての感覚情報を記憶情報に符号化することに関係している。五感情報通信では感覚間の相互作用による包括的情報通信を目指しているが、そのような相互作用が生じるのは感覚情報が収束している多感覚連合野、超感覚連合野および大脳辺縁系-視床下部であると考えられる

私の感想・・・人間はストレスが強すぎると満腹中枢がやられて、食べても食べても、満足感がない。何か口寂しい。俗にいう妬け食いである。体に悪い。むしろ、心配事があるときは、食べないほうが健康的である。逆に激やせも節食中枢の破壊である。い五感の総動員が関与しているということか。

(4) 学習、記憶と認知機能

大脳皮質は、単に感覚情報を処理するだけでなく、活動依存性自己組織化(ニューロンが活動することによりシナプス神経回路をニューロン自身が形成していくこと)による学習・記憶に重要な役割を果している。すなわち、脳内の感覚情報処理経路は、この処理経路自体が感覚入力により興奮することから、これをそのまま活動依存性自己組織化に基づく学習・記憶の神経回路とみなすことができる。

視覚系における多くの研究から推測すると、一般に、学習・記憶の基礎となるシナプスは、i)より感覚器官に近い下位の第一次感覚野ほど生後早期に感覚入力に基づいて再形成、あるいは再構成され、それ以後はあまり変化を受けない、ii)連合野では、シナプスの形成および再構成は、記憶が新しく貯蔵され続けるかぎり一生続くと考えられる。

生後比較的早期の学習は、脳の発育とほぼ同義であり、言語の獲得を含めてわれわれが各種感覚の知覚機能を発達させるのはこのような自己組織化に基づくのであろう。このような神経回路網の発達により特定の刺激に応答するニューロンが形成されると考えられるが、これら特定の機能を担う皮質ニューロンが消失すると様々な障害が生じる。

たとえば、頭部外傷やその他の損傷により、比較的生後早期の学習に関与する領域(第一次感覚野)のニューロン機能が消失すると、単純な知覚障害(たとえば一部の視野欠損)が生じる。より高次の領域(感覚連合野)が障害されると、色や線分の傾きなど単純な知覚は障害されないが、顔の認知など知覚要素を全体として理解する能力が障害され、いわゆる失認と呼ばれる現象が起こる。

各感覚種の感覚領野の損傷に基づく知覚障害および失認では、障害はその感覚種に限定される(表2−3)。これらの皮質の損傷による認知・知覚障害は、皮質ニューロンの応答特性が学習により獲得され

たものであることを考えると、一種の記憶障害として捉えることができる。

さらに、上述のように各感覚連合野の皮質ニューロンはシナプス可塑性を有しており、この領域が損傷されると、以前学習した記憶が失われるだけでなく、複雑な感覚刺激(顔、複雑な図形など)を新たに学習(弁別学習)する能力が障害される(表2−3)。同様に、各種連合野の損傷により、その感覚情報を短期間保持する短期記憶が障害される(表2−3)。




このように、脳の認知機能は学習・記憶機能と表裏一体の機能である。最近の非侵襲的脳機能検査法を用いた研究によると、特定の画像を被験者に繰り返し呈示して被験者がその画像に慣れ親しんでくるにしたがい、その画像に反応する脳の領域が拡大してくることが報告されている。五感情報通信だけでなく一般に人為的に感覚刺激を呈示する場合には、脳の特性をよく理解し、脳に対する影響を考慮する必要があると考えられる。

(5) 認知の脳内機構

感覚情報は、すでに述べたように階層的に処理される。この感覚情報処理システムは、モジュール(コンピューターにおける独立した処理システム)化された並列処理システム からなり、各々のモジュールがそれぞれ異なる特徴抽出を行っている。まず、各感覚種ごとに分かれた大きなモジュールがあり、各感覚種に関係するモジュールは、たとえば視覚では物体の色、形、テクスチャー、奥行き、空間的位置などの特徴抽出にかかわる細分化されたモジュールからなる。

視覚情報処理における背側路は、物体の運動と空間的位置の解析に関与するモジュールであり、腹側路は、色、形、テクスチャーなどの解析に関与するモジュールであると考えられる。認知は各感覚種に関係するモジュールにより、これら特徴抽出された情報が再び統合されることによると考えられている。

それでは、この再統合はどのような過程により行われるのであろうか。二つの可能性が考えられている。すなわち、1つはこれらの特徴抽出された情報が、特定の物体に対応する一つのニューロン上に統合されるという認知細胞仮説であり、もう1つは物体のそれぞれの特徴抽出を担う各モジュールの活動パターンによるというモジュールパターン説である。

後者は、認知はいくつかのニューロン集団の活動パターンにより行われるという細胞集団仮説と類似の立場である。認知細胞仮説では、個々の物体に対応する個々のニューロンを仮定しているので、自然界にはほとんど無限の刺激があり、有限の細胞集団からなる脳では容量が不足すると考えられる。

このため、認知細胞よりは選択性のやや低い神経細胞の集団を仮定する仮説(スパース・コーディング仮説)もある。一方、認知過程には範疇化という現象があり、認知細胞仮説は都合がよい。たとえば、脳の局所的な損傷により、特定の範疇に属する物体(顔、果物と野菜、あるいは動物など)の認知だけが選択的に障害される症例が報告されている。

これらの症例は、脳のある特定の領域が特定の範疇に属する物体の認知に関与することを示唆している。すなわち、顔失認は、顔の範疇化に関与する顔ニューロンの損傷あるいはこのニューロンへの入力の障害により発症すると考えることができる。

現在のところいずれの仮説も状況証拠によるものであるが、少なくとも、脳内には顔や家の写真など特定の刺激に応答する領域があることが機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)や陽電子断層撮影法(PET)などの非侵襲的脳機能検査法により明らかにされている。

さらに、これらの領域の活動は、被験者が顔や家のことを心の中に思い浮かべただけでも亢進することが報告されており、逆にfMRI などによる脳画像から被験者が思い浮かべている内容を推測することも可能になってきている。

さらに、最近では動物の脳から複数のニューロン活動を同時記録し、その活動パターンからロボットアームを操作させる試みが成功している。将来的には、fMRI などの技術発展により高精度に脳の活動を観察でき、その仕組みが明らかになれば、直接脳から情報を発信する可能性も考えられ、義足や義肢など医療関連分野への応用が期待される。



2−1−3 化学感覚(味覚、嗅覚)情報の重要性

食事摂取では五感を総動員しており、その相互作用について述べてみたい。以下に述べるように食事摂取では五感における複雑な相互作用が絡んでおり、それを再現できる情報通信システムは世界で最も先進的なシステムになるはずである。

「食べる」という行動は、生命を維持し健康な生活を営むうえで欠くことの出来ないものであり、空腹感を満足させる歓びである。食事の際、食物を視覚、嗅覚および味覚により新鮮であるか、腐敗したものであるかを判断し、好ましければ食が進み、好ましくない場合は摂取を中断する。

すなわち、われわれは個々の食物特有の形、色、歯ごたえ、匂い、味、そして含まれる栄養素などをすでに五感情報として記憶しており、まず視覚や嗅覚でチェックし、ついで食事中に生じる触覚(歯ごたえ)や食物咀嚼により生じる音などの聴覚、他人の発する「うまい」「まずい」等の言葉、そして最も重要な大脳皮質味覚野で認知した味の情報、過去の食体験の相違などを総合的に判断し、摂取するか否か、どのくらい食べるか等、食欲を調節している。

もちろん、おいしいか、まずいかは味だけではなく、五感の相互作用にもとづく総合的な判断により決定され、空腹感の強弱、さらに体調などによっても左右される。われわれは日常の生命活動に伴って消費した個々の栄養素を、食物を摂取し消化吸収することにより充足している。

各栄養素の欲求は、性別、年令、仕事や運動の量や質、薄着かどうか、外気温による影響、さらには歯痛や風邪等による疾病の有無により大きく変化する。従って、脳による食欲や特定の食物への嗜好性の調節は、各栄養素の収支バランスをとりつつ生体恒常性を維持する極めて高次な機能と言えよう。生体の栄養欲求は基本的には体液中の個々の栄養素の濃度を一定に維持する上で必要な量と考えられる。

細胞外液(体液)の電解質の濃度そして浸透圧の上昇が起これば、口渇感から水を飲み、ナトリウムの欠乏では塩味のある物を摂取することにより充足する。一方、体温や活動のエネルギーはグルコースの酸化により得ており、われわれの様に体温を37℃に保つ(恒温)動物にとって食事によるエネルギー源の確保は極めて重要なことである。

空腹時には、体液中のグルコースが低下し、蓄積した脂肪の動員と遊離脂肪酸の上昇により食欲が高まる。食事摂取に伴ってエネルギー源となる炭水化物、蛋白質が消化吸収され、グルコース、アミノ酸が血液中に流入してくる。これにより血中グルコース濃度(血糖値)が上昇し、逆に脂肪の蓄積とともに遊離脂肪酸が低下し食欲は低下する。

従って、食欲と食行動を調節する上で最も基本的な物質は、毎日大量に消費され、食事により補う必要のあるグルコースと言えるだろう。運動や仕事による一過性のエネルギー不足に対しては、筋や肝に蓄積したグリコーゲンを分解してグルコースを放出するとともに、アミノ酸から糖新生を行い、血糖値が脳機能を含め生命活動を維持する限界値(40ml/dl)以下にならないように調節している。

このような時は食欲も強く、御飯やパン等の炭水化物や糖類を豊富に含む甘い食物への嗜好性が高まり、日常より多く食べられるのである。脳の中で摂食を調節している主要な部位は視床下部の腹内側核(満腹中枢)と視床下部外側野(摂食中枢)である。前者を両側性に破壊すると満腹感が生じず過食になり、肥満を示す。後者の破壊では食欲がなくなり削痩し餓死することがイヌやネコ、ラット等の実験で知られている。

この両中枢には、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、舌の触覚、および消化器からの内蔵感覚情報が収束しているだけでなく、体液(血液および脳脊髄液)中の個々の栄養素、代謝産物、成長因子やホルモン等の液性因子に反応するよう分化した化学感受性ニューロンが存在する。

このような視床下部の仕組みにより、血中栄養素やホルモン等の液性情報が直接両中枢のニューロンの活動性の変化に変換され、生体が欲求する栄養素に対応した食欲や嗜好性の変化が生じると考えられる。したがって視床下部では、五感は言うにおよばず、消化器からの内蔵感覚および中枢性化学感覚などすべての感覚間の相互作用に基づいて食物摂取を調節している。

われわれは脳による生体恒常性維持の仕組みを食情報調節機構と呼び、栄養療法による脳機能のリハビリテーションの可能性を提案している。これは加齢やいわゆる生活習慣病と呼ばれる代謝性疾患により体液中の個々の栄養素の恒常性の乱れが生じた際に、生体欲求が高まり嗜好性を示す特定の栄

養素を通常より多く摂取し、脳の可塑性を惹起することにより生体恒常性の維持機能を高め、病態の進行を抑制もしくは予防に役立つのではないかと考えたことによる。

五感情報通信にとって重要な点はまず生体における五感理解を深め境界領域を含め各情報の脳内処理と相互関係を研究により明らかにすることである。並行して現実に試作が可能で物理的感覚など五感の中で取り組みが比較的容易な領域を中心ににしてロボットを含め種々のインターフェイスにより日常生活に活用されるものに仕上げていくことにより近未来における化学感覚を含めた包括的な五感情報通信の全体像が見えてくると考える。


2−1−4 情報通信技術

(1) 伝送技術

情報通信は、今や世界の隅々にまで張り巡らされつつあるインターネットの利用が前提となる。インターネットは、狭義には経路制御プロトコルとしてIP(Internet Protocol)を用いる、文字などのデータ通信に適したパケット交換方式のコンピュータネットワークである。

したがって、インターネットは、もともとは動画や音声の通信用に設計されたネットワークではなく、WWW(World Wide Web)の開発によって、急速に世界の情報ネットワークの主流となった1990 年代の半ば以降、QoS(Quality of Service制御の名で、動画、音声、すなわち視覚と聴覚に訴えるインターネット上での情報通信の研究が活発に行われるようになった。

五感情報通信との関連では、通信・伝達へのニーズが高い視覚、聴覚に訴える動画、音声の通信については、アナログが主流の1980 年代以前から、電話やテレビ会議、テレビ放送などの様々な形で通信が実現されてきた。触覚については、仮想現実感(VR: Virtual reality)システムが開発され始めた1980 年代末頃から、データグローブを使った遠隔物体設計のような、通信に関する研究も開始されたが、実用面では未だ緒についたばかりの段階である。

通信・伝達へのニーズが視覚と聴覚に比べ相対的に低い、味覚と嗅覚については、通信に関する研究は殆どなされていない状況である。動画や音、音声のディジタル符号化の技術が人間の感覚レベルではほぼ確立しつつあるのに対し、味や香りは、その感覚からそれを伝えるための表現、符号化へのギャップが大きく、通信を実現するまでにはまだ幾つもの大きなブレークスルーが必要と考えられる。

さらに、視覚、聴覚、触覚と、味覚、嗅覚には、感覚の伝達のための情報の符号化において大きな相違点がある。すなわち、前者の3感覚が人間の感覚にいかに近づけるかという情報圧縮の方式が主体で通信品質については比較的客観的な評価ができるのに対し、後者の2感覚は化学反応が伴うこと、感覚自体が人の好みに関連するため客観的評価が難しい、という点である。

感想・・・見る、聞く、触れるという感覚は、情報の圧縮が容易なのかもしれないと。美しい風景への感動は、ほぼ人間は共通している。美しい音楽の鑑賞も、ほぼ人間は共感できる。ミンクの毛布の手触りも、ほぼ人間に共通した感覚である。しかし、食べ物は好き嫌いがある。週間や、国によっても違う。香りも人それぞれ違う。


表2−4に、五感と通信・伝達のニーズ、現状の関係をまとめて示す。




1) 視覚と聴覚

動画や音を通信を通して人間の感覚に忠実に伝達するためには、通信帯域(速度に相当)のほかに、伝送遅延、遅延のばらつき(ジッタ)、誤り率/パケット廃棄率などのパラメータも品質の尺度となる。図2−3に、文字やイメージ(静止画)と対比させる形で動画、音声における伝送遅延と誤り率の関係を示す。通信帯域については、音声からハイファイオーディオに至る音は100kbps 程度でほぼ十分といわれている。動画については、テレビ録画



VCR の画質を得るには1.5Mbps(圧縮方式はMPEG-1)、テレビ放送並みの画質を得るには6Mbps(圧縮方式はMPEG-2)、HDTV 並みの画質を得るには22Mbps 程度(圧縮方式はMPEG-2)の通信速度が必要という評価がなされている。1.5Mbps 以下の例えば無線通信のような低速環境においても、品質劣化をできるだけ抑えた圧縮方式(MPEG-4)が、研究から実用化に移行しつつある段階である。図2−4に通信帯域と動画の符号化式との関係を示す。図にはTV 会議に相当する同時双方向通信の符号化方式も合わせて示す



現在、数km 以内のLAN(構内)環境では1Gbps 以上のEthernet が実用化されており、多くの同時通信要求による輻輳が起こらない限り、HDTV 並みの動画も殆ど品質を落とすことなく通信が可能である。一方、家庭のTV やパソコンでの視聴に対応する公衆網については、現在の電話回線では最大56kbps 程度のため動画の品質は低い(1 秒数コマ)。

しかし、2000 年から徐々に導入されつつあるCATV を使ったケーブルインターネットや、2001 年から急速に普及し始めているADSL(AsymmetricDigital Subscriber Line)のような高速インターネットサービスを用いると、下りで最大数Mbps のため、VCR 並み以上の品質の動画配信が可能となる。

さらに2002 年以降本格的な導入が予想されている光ファイバを用いたFTTH(Fiber To The Home)と呼ばれる超高速インターネットサービスを用いると、下りで最大数10〜100Mbps 程度のため、HDTV 並みの品質の動画配信も実現可能となる。

2000 年末に政府から発表されたe-Japan のIT 基本戦略では、2005 年までに3,000 万世帯で高速インターネットサービス、1,000 万世帯で超高速インターネットサービスの導入を計画しており、2005 年頃には日本の9割以上の世帯でVCR 並み以上の品質で動画配信が可能になると予想される。

しかし、利用者が適正な通信コストで動画、音声の配信を享受するには、現在の日本のような従量課金ではなく、米国で既に始まっている常時接続が必須となる。以上の通信帯域の議論は、通信したい動画が伝送路を占有するという仮定に基づいている。

しかし、インターネットのようなオープンなパケット網では、多様なトラフィックが同時に混ざり合って輻輳するため、一般にはエンド-エンド間での通信帯域は保証されない。

このため、伝送遅延をできるだけ抑えるためのQoS 制御が重要となっている。インターネットにおけるQoS 制御の代表例として、パケットの優先的な転送・廃棄制御を行うDiffserv(Differentiated Services)、基幹網において処理オーバヘッドの大きいIP ルーティングを行わずに固定ルーティングで高速にパケットを転送するMPLS(MultiProtocol Label Switching)がある。

世界に先駆けて広域インターネットがブロードバンド化している米国では、2000 年より、CDN(Content Delivery Network)と呼ばれる、輻輳が起こっても動画や音声をできるだけ品質よく家庭や企業に配信するネットワークサービスが開発され始め、以上に述べたDiffserv やMPLSのようなQoS 制御をはじめ、ネットワークやサーバ・ルータの負荷をバランスよく分散する制御、コンテンツやサービスプログラムのキャッシング制御(利用者に高品質の動画、音声を提供することを目的として、利用者からのアクセス頻度が高いコンテンツを前もってできるだけ利用者の端末に近いサーバに移動させておいて応答時間を早める)、ミラーリング(キャッシングと同じく利用者への応答時間を早める目的でアクセス頻度の高いコンテンツを複数のサーバ上にコピーしておく)、通信帯域の保証制御などの技術に関しても研究開発が活発になっている。

大規模網を対象としたこれらの様々な技術を効果的に組合せ、高品質なコンテンツ配信にどの程度寄与できるか、という評価がなされつつある。現在のペースでネットワークが高速化され、適正な通信コストが設定され、ここで述べたQoS 制御をはじめ各種の制御技術が効果的に活用されると、前述のように2005 年頃以降、各家庭への高品質の動画配信が可能になる。

2 触覚

3次元の座標値、速度、圧力の情報の通信が主体となる。通信対象となる物質(金属、木、繊維、布地等)や要求される精度、きめ細かさ(微妙な肌触り等)により、要求される通信帯域は大きく異なる。1994 年に行われたマルチメディアコラボレーションシステムを利用して同一構造物の形状と色を遠隔地にいる複数者によって共同設計する実験においては、離れた地点の4 人が10Mbps のEthernet を通して、全員データグローブをつけて同時にほぼリアルタイムに操作できた、という報告がなされている。しかし、きめ細かい微妙な感触・タッチまでを伝えるにはその百倍以上のGbps 以上の帯域が必要となると言われているが、現状では厳密な評価は未だなされていない。

感想・・・これが善用されればいいかもしれないが、現在、集団ストーカーの被害報告によると、触覚の送信被害を受けていると思われるものがある。女性の下腹部や性器、男性の性器に触手感を送信、「おや、感じてないみたい」など下品なやりとりが聞こえるというショッキングな報告などである。加害者たちは、姿が見えない位置にいる。遠隔操作で絶対に捕まらないことをいいことに、やりたい放題である。建築構造物の材質の感触やら何やらという前に、一番、大事な人権被害から解決して欲しい。

3) 味覚、嗅覚

化学反応そのものは通信できないため、送信側で感知した味覚嗅覚の化学反応に関する情報を符号化し、それを他の感覚と同様ビット列で通信することになる。受信側では、送られてきた化学反応の情報に基づき、対応する味や香りを生成することになる。化学反応はもちろん、微妙な味や香りをどのように符号化するかについては今後の中長期的研究に委ねられる。

【参考文献】
[1] 阪田、小町「インターネットとQoS 制御」裳華房 (2001.5)
[2] 阪田他著「インターネットの進化と日本の情報通信政策」日鉄技術情報センター(2000.6)
[3] 阪田他著「サイバーネットワーク」NTT 出版(1999.
[4] 大澤編著「インターネットストリーミング」共立出版(2000.
[5]「通信白書」郵政省(1996)

[6] 阪田「マルチメディア-コラボレーション・システム」電子情報通信学会誌(1994.4)





2−2 視覚

2−2−1 生理学・心理学・その他

視覚に関する基礎研究の歴史は長く、特に1960 年以降は非常に盛んに研究が行われている。内容的には、感覚、知覚から認識、情緒へと階層的に進展してきているのが特徴である。視覚の時間・空間周波数特性、輝度・色度情報の性質、ノイズの影響、立体視、図形知覚、文字認識などの視知覚の基本性質は、おおむね1960 年後半までに解明された。

続く1970 年代には、これらの研究成果をベースに次の段階として映像情報の質を解明するための情緒段階の研究が進められた。具体的には、テレビ画像の鮮鋭度、新画質要因、広視野大画面効果、カラーテレビにおける好ましい色再現、臨場感、記憶色などの研究である。

また同時期に、情報受容の解明に関する研究も盛んに行われた。視覚情報が網膜から中枢に至るまでの過程についての解明が行われ、中心視と周辺視の役割、図形処理の過程、大きさや形の恒常性などについての研究事例がある。1980 年代には、眼球運動の測定技術が著しく進歩した。

観察者がテレビ画像を見ているときの注視点分布や視線移動などが高速にできるようになり、様々な実験が行えるようになった。1990 年代に入り、マルチメディア情報通信の本格化に伴い、画像符号化と視覚特性の関係、視覚と画像評価の研究などが大きく進展した。

また、3D 映像に関する研究が再び盛んになり、人間の奥行き知覚や3D 映像がもたらす臨場感や画面心理効果などの研究が行われた。さらに、視覚疲労や快適性など3D 映像が人間におよぼす生理・心理的な影響に関しても研究が盛んになっている。


2−2−2 情報通信技術

(1) イメージセンシング技術

イメージセンシング技術は、

(a)機械型

(b)高速度・電子ビーム型

(c)低速度・電子ビーム型

(d)光導電形型

(e)固体撮像デバイス型

の流れで進化してきた。機械型は1884 年に発明されたニポウ円板を使用する方式が有名である。この方式は、ニポウ円板上の細孔で光学像を走査する方式である(上記(a)に相当)。

続いて1927 年ファーンスワースがはじめて電子式撮像デバイス・イメージディセクタを開発した。この方式は、ニポウ円板とは異なり、光学像をイメージ部で電子像に変換し、これを静電または電磁的に偏光し、像面に設けた細孔を通る電子流を信号として出力する方式である。

このイメージディセクタは走査変換が容易であるなどの長所がある反面、放送用途には感度不足である問題点があった。感度不足の原因は、瞬間瞬間に細孔を通る電子流しか信号にならないため(非蓄積型)であり、これを解決するために各画素の信号を走査が完了するまで保持しておく新しい方式・アイコノスコープが発明された。しかし、アイコノスコープは当初期待されていたほどの感度上昇は見られなかった(上記(b)に相当)。

その後、アイコノスコープの感度不足(蓄積効率の不足)の問題点が、高速度の電子ビーム走査で発生した2次電子が走査された画素の周辺に降り戻り、蓄積電荷を放電してしまうことが原因だと解明され、これを解決すべく1939 年にオルシコンが発明された。オルシコンは感度不足の主原因である高速度電子ビームを改良し、低速度電子ビーム走査方式を実現した。

しかしその反面、オルシコンは強い光があたるとターゲット電位が上がり過ぎて高速度電子ビーム走査に転換してしまい、動作が不安定になる問題点が生じた。これを解決することを目的に、1946 年イメージオルシコンが発明された。

このイメージオルシコンは戦後日本でテレビ放送が開始する時にも使用された方式であり、1958 年から国産のイメージオルシコンが実用レベルで使用されるようになった(上記(c)に相当)。一方、テレビのカラー化が進められカメラが多管式になると、構造や動作が複雑でかつ放送前の調整に時間のかかるイメージオルシコンはニーズに適さなくなってきた。

このような背景から、光導電形撮像管・プランコビンが開発された。このプランコビンは小型で軽量、調整が容易であったため放送局はこぞってこの方式を採用し、以降イメージオルシコンは急速に使われなくなっていった(上記(d)に相当)。

以上のような経緯を経た後に、固体撮像デバイス型が登場する。研究そのものは1963 年からワイマーらが開始していたが、特に1969 年にボイルがCCD を発明してから急速に研究開発が進歩した。当初、固体撮像デバイスは解像度不足であったが、1985 年には40 万画素に達し、ビデオカメラ用途などで使用されるようになった。その後さらに改良が進み現在では民生利用で300 万画素レベル、超高解像度用途として4,000 万画素レベルのものまで登場している(上記(e)に相当)。


(2) 符号化技術

画像符号化技術に関しては、代表的な活動としてJPEG、MPEG がある。これらの方式ではその基本技術として「DCT」および「DCT+MC」技術を用い、画像コンテンツの扱いを大幅に容易化することに成功した。しかしその反面、MPEG-1 誕生以降、多くの研究開発がなされているのにも関わらず最近10 年間の進歩は「DCT+MC」の効率を大きく超える高能率、汎用画像符号化方式は出現していない。

この間、ISO 等の国際標準化会合に提案されては消えた符号化方式は、それこそ枚挙にいとまがないが、いずれも特定の画像に対してのみ効果的な高能率或いは高画質の符号化方式であった。一般に、DCT やWavelet をはじめこれまでの符号化技術では、人間の視覚に影響が少ないと思われる高周波成分をカットすることに符号量圧縮を行い、大幅な情報量圧縮を実現している。

しかし近年、知覚できるか否かに関わらず、高周波成分を含む映像あるいは高解像度な映像が人間の感性に与える影響が大きいことも指摘されており、今後はこのような感性情報まで含めた符号化方式の開発が必須であると言える。

(3) ディスプレイ技術

再生技術(ディスプレイ技術)は、用途に応じて非常に様々な技術が存在するが、ここでは五感情報通信との関連で言えば、

(a)高精細ディスプレイ

(b)3D ディスプレイ

(c)その他のディスプレイ(CAVE、HMD、視線一致型)

などがある。

(a)の高精細ディスプレイに関しては、例えば3840×2070(HDTV 品質の4 倍の解像度)のディスプレイの開発が報告されている。このディスプレイでは、複数台のプロジェクタから投射した画像を画素単位でスクリーン上で合成する手法であり、重畳投射型と呼ばれる。

具体的には、プロジェクタに使用しているTFT-LCD パネルが開口部と遮光部から構成されているという特徴を利用して、スクリーン上で遮光部に相当する投射領域に他のプロジェクタの開口部からの投射領域を精度良く重ねることによって高精細化を実現している。

一方、(b)の3D ディスプレイに関しては、一般にメガネ装着型、メガネ不要型に分類され、メガネ不要型では特にパララックスバリア方式、レンチキュラレンズ方式が有名である。3D ディスプレイの原理は両眼視差に基づき立体感を表現することであるが、これらの方式では、一般に大画面化が困難であり、技術的には今後最も重要な課題である。

また、近年ホログラフィに関する研究も盛んに行われている。従来の3D ディスプレイが両眼視差のみを使用していたために自然な3D 像を表示できず長時間の使用が困難であったのに対し、ホログラフィでは両眼視差に加え、眼の輻輳と調節、運動視差等を支援しており、より自然な立体感を得ることができる。現在のところホログラフィ技術はデバイス開発等の面でまだ不十分ではあるが、原理的に理想的な3D ディスプレイであることは確かであり今後の実用化研究に期待が集まっている。

一方、近年人間の奥行き知覚や3D 映像がもたらす臨場感、さらに、視覚疲労など3D 映像が人間におよぼす生理・心理的な影響に関しても研究が盛んになっており、多くの成果が発表されている。(c)に関しては、代表的な高臨場感ディスプレイとして、IPD(ImmersiveProjection Display)、HMD、視線一致ディスプレイについて概説する。IPD は、主に視野の広がり(視野角)、奥行き感(立体感)などの支援を目的に開発された没入型ディスプレイであり、代表的なものにCAVE(4面)、CABIN(5 面)(図2−5)などがよく知られている。さらに、6 面ディスプレイとしてCOSMOS も存在する。




また、IPD と同様の目的を実現する技術としてHMD(Head MountedDisplay)がある。HMD はもともと1968 年に頭に装着する3 次元ディスプレイとして発表され、その後VR 技術の発達とともに没入感を要求されるVR の視覚ディスプレイとして様々なシステムが研究開発されている。

現在のHMD はおおむね両眼視差を利用して立体視を実現するものであり、これまで島津製作所、オリンパス、Virtual Research 社、Kaiser ElectroOptics 社等で開発が行われている。一方、立体視にはこだわらず、両眼に同一映像を表示して見かけ上大画面映像を実現するHMD もいくつか市販されており、オリンパスのEye-Trek、ソニーのGlasstron などが有名である。

一方、人間同士のコミュニケーションを前提とした場合、視線一致など従来のディスプレイとは異なる要求条件を満足しなければならない。このような背景から、特に高臨場感ビデオ会議システムを前提に、いくつかの視線一致ディスプレイが開発されている。これらのディスプレイでは、一般に、

・ 視線一致

・ 実物大映像

・ 接近感

を満足することが望ましいと考えられている。視線一致については、ハーフミラーを用いたシステムが最も広く知られている。しかし、ハーフミラーを用いると、カメラへの光量が不足したり、画面が奥まって見えるなどの問題点があり、十分な臨場感は得られない。また、ハーフミラー型以外では、透明/散乱を交互に繰り返す液晶スクリーンを用いたシステム、視線を検出し仮想空間上での視線一致を実現するシステム、小型ディスプレイを複数用いディスプレイ1 つあたり会議参加者1 人を映し出すシステムなどの研究例がある。

しかし、これらの手法を用いた場合、視線一致と実物大映像の双方を同時に実現することは一般に非常に困難である。また、同時に満たすシステムとして、特殊フィルムを用いたMAJIC システムがある。MAJIC システムは、視線一致、実物大映像の2点を満足できるシステムであるが、原理的にディスプレイに近づくと自分の影がディスプレイに映ってしまうため、接近感については支援できない。一方、特殊なホログラムスクリーンを用いた「文殊の知恵システム」がある。これは世界ではじめて視線一致、実物大映像、接近感をすべて満足するシステムとして注目を集めている(図2−6)。




2−2−3 他感覚との融合

他感覚との融合では、視覚と聴覚を融合したシステムは歴史が古く様々なシステムが開発されているが、聴覚以外の感覚では、触覚との融合システムについて近年若干の研究事例があるだけで嗅覚や味覚との融合システムについてはほとんど皆無である。視触覚融合システムとしては、東芝において開発された3D CAD システム(Tangible Modeling System)(図2−7)がよく知られている。このシステムでは、ユーザがディスプレイ内の仮想物体を実際触ることができ、直接手で変形したり、書き込みをしたりすることが可能である。これらのシステムは3D CAD のみならず、教育用途、エンターテイメント等様々な用途での利用が期待できる。






2−3 聴覚

2−3−1 聴覚の仕事

聴覚系は、音を通じて身に迫る危険を察知して回避行動を起こしたり、餌を見つけたり、異性を誘引して繁殖のためのプロトコルを確認したりするために発達してきた遠方感覚系である。その主たる役割は、外界の状況を把握するための情報や、相手が伝えようとしているメッセージを解読する一助となる情報を、耳に到達した音から適切、頑健、かつ迅速に脳内で再構成することにある。

この聴覚系の機能としてよく取り上げられるのは、音がどの方向から来たのかを判断する音源定位機能と、何の音であるかを判断する音源識別機能の二つである。音源定位には左右の耳に到達する音の音圧差や時間(位相)差が利用され、音源識別には音を生み出した物理現象に起因する音の時間・周波数的特徴が利用されている。しかし、この音源定位と音源識別だけが聴覚系の機能ではない。相手が伝えようとしている音声メッセージを解読するコミュニケーション音の処理は音源識別機能の一つである。

コミュニケーション音はカテゴリー知覚がなされ、言語処理系を駆動するとともに、その受け手は同じコミュニケーション音を出す発声システムを持つ。そこで、コミュニケーション音処理機能は、一般音の識別機能とは別に考えたほうがよい。また、聴覚系は自らの発声音を常にモニタして発声を安定させている。このような発声音制御も聴覚系の機能の一つである。

このほか、聴覚系は常に音を聞いていて新奇な物音が聞こえるとその音に対して自動的に注意を向ける仕組みがある。これは音を通じた早期警報機能で、この警報は他のモダイリティに負荷がかかる作業中でも注意を喚起するが、その重要性の割にあまり注目されていない。

また、ガラスをひっかく音を聞くと背筋がぞくぞくしたり、音楽を聞くとリラックスしたり気分が高揚したりする。このように音は感情を喚起し、その結果として自律神経系の活動や私たちの行動に影響を与えるが、その処理にかかわる聴覚の情動系賦活機能についてもあまり注目されていない。


2−3−2 音メディアを扱う情報通信技術の動向

音が距離と時間を超えて扱うことができるメディアとなったのは19 世紀後半で、この100 年の間に音を伝送したり蓄積したり加工する技術は飛躍的に進歩した。その結果、電話、放送といった音メディア情報サービスやCDやMD を装備したオーディオセットは広く普及し、日常の生活基盤の一部となっている。そして、表面的には聴覚の役割や特性が改めて問題にされることは少なくなっている。だからといって聴覚研究が不要であるわけではなく、聴覚研究は今後の情報通信技術を発展させるうえで、視覚研究などとともに、重要な位置を占めている




電話の黎明期においては、音声の効率的な伝送を実現するために基本的な聴覚特性を参考にした。ごく最近では、長年の聴覚マスキング研究の成果に基づいてMPEG 符号化に代表される高品質高能率符号化技術が開発され、通信やMD、DVD 等のオーディオ機器に利用されている。

また、聴覚末梢系における音響? 神経信号変換の仕組みに基づいた人工内耳が開発され、感音性難聴患者が失った音の世界を取り戻すとができるようになった。聴覚の音源定位と音源識別機能については工学的な研究が進み、私たちの聴覚系とは異なった音情報処理方略を利用したコンピュータの「耳」が実現されつつある。

音源定位機能については複数のマイクロフォンとディジタル信号処理技術を利用したビームフォーマーやソナーなどが開発されており、私たちの耳よりも優れた音源定位能力をコンピュータの「耳」に付与できるようになっている。

音源識別機能については確率・統計的なパターン識別技術を利用した音声認識システムの性能が向上し、単語や文章を読み上げた音声は相当程度認識できるようになりつつある。しかし、話し言葉を認識すること、さまざまな音が混じりあい残響がある実環境の中から目的とする音を取り出すこと、音の一部が欠損していてもそれらを補って聞くことなどはまだ現在のコンピュータの「耳」には難しい課題である。

また、定常的に聞こえてくる音を無視して新奇な音に対して注意を向けるような仕組みを持つコンピュータの「耳」もまだ無い。一方、私たちの聴覚特性に適合するよう音メディアを処理することによって、ユーザーの利便性を向上させようとする工学的な研究も進んでいる。

長さを保ちつつ話し声のスピードを変換する話速変換装置、聴力損失に合わせてラウドネス補償を実現するディジタル補聴器、外国語のニュースや講演を日本語に翻訳して音声や文字で呈示する音声翻訳装置、音を利用した避難誘導装置などがあげられる。

最近では、臨場感通信システム、ヴァーチャルリアリティシステムやテレイグジスタンスシステムに必要な三次元音響空間の再現技術に関連して、聴覚の空間音響処理の仕組みに熱い視線が向けられている。これまでのマイクロフォン、スピーカー、イヤフォンといった電気音響変換器は電話帯域(3kHz)、放送帯域(6kHz)、オーディオ帯域(20kHz)をベースにしてきた。

しかし、通信ネットワークのブロードバンド化、記憶装置の大容量化、20kHz を超える音を録音再生できるDVD オーディオとスーパーオーディオ装置の出現などにより、対象とする音メディアの周波数帯域は広がりつつある。20kHz を超える超音波領域の高周波音の知覚上の効果については諸説ありまだ決着を見ていないが、扱う音メディアの広帯域化に対応した新しい電気音響変換器の開発や規格の制定も必要である。

2−3−3 聴覚生理学・心理学の動向

外耳・中耳・内耳を聴覚末梢系と呼ぶが、この部分の音情報処理の仕組みはかなり明確になってきた。


蝸牛の基底膜振動系は入力音を周波数成分ごとにふるいにかける多数の帯域フィルタバンクとして機能している。各フィルタは対数的な周波数軸上に並び、帯域幅は低域ほど狭く周波数的にも時間的にも非対称な応答特性を持ち、非線形で時変なフィルタリング特性を持っている。そして、各フィルタの出力である基底膜の変位はそれぞれの場所にある内有毛細胞の受容器電位に変換され最終的には一次聴神経の発火を引き起こす。このような生理的実体を反映した聴覚末梢系モデルを用いて、入力音に対する一次聴神経の発火パターンをシミュレートすることも容易にできるようになった。また、計算論的な観点からの聴覚モデルの研究も進められている。





蝸牛神経核から大脳皮質一次聴覚野までを聴覚中枢系と呼んでいるが、この部分の仕組みに関しても徐々にいろいろなことが分かりつつある





生理学的には小型哺乳類の各神経核ニューロンの電気生理学的特性と神経核間の接続に関する知識が蓄積されつつあり、心理物理学的には「見えない電極」と呼ばれる残効(after effect)現象を利用した実験を通じて、動的かつ適応的な音情報処理の仕組みが解明されつつある。

すなわち、聴覚末梢系フィルタの出力は単に周波数スペクトル情報をトノトピィ(tonotopy)を保持して聴覚野へ投影されているのではなく、末梢系フィルタの出力が複雑に相互作用して音の高さ(ピッチ)、振幅変調成分(AM)、周波数変調成分(FM)、両耳間時間差成分(ITD)やその時間変化成分(ΔITD)といった情報を処理するモジュールが形成されていることが分かってきた.

さらに、それらのモジュール内の個々のチャンネルの処理特性が、時空間的な音条件によって時々刻々とダイナミックに変化して効率的な情報処理を実現していることも少しずつ分かってきている。

おそらく、一次聴神経の発火頻度・発火間隔情報として符号化された音メディア情報は、蝸牛神経核と上オリーヴ核で各モジュールで扱う特徴の元となる形に整形され、外側毛帯核、下丘と内側膝状体以上で各モジュール毎の処理が行われるとともに、複数モジュール出力を統合して諸物理属性や生物学的に意味のある音情報の情報媒介変数を抽出して一次聴覚野に投射しているのではないかと考えられる。

また、聴覚野や脳幹の各神経核からは下位の神経核に対して多くの遠心性神経の投射があり、上オリーヴ核からは蝸牛の外有毛細胞を制御する遠心性神経の投射まである。これらの遠心性神経系は、脳幹神経核における情報処理を調節して短期的な再組織化を引き起こし、その結果として皮質も再組織化される。そして入力音と行動とが連合すると、短期的な再組織化が固定されて、動物は音の意味を学習するとも言われている。

さらに、内側膝状体では視覚、体性感覚情報とのインタラクションがあるし、上オリーブ核、外側毛帯核、下丘からは視覚、体性感覚、運動系などの情報がまとまる上丘への投射がある。そして上丘からは旧皮質の情動系への神経投射がある。

一次聴覚野以降を高次聴覚系と呼ぶ。世界的な脳科学研究の高まりに伴って神経科学の対象は末梢系からより高次系へと移っている。コウモリやフクロウといった特殊な聴覚機能を持つ動物の聴覚野における情報表示についての理解は進んでいるが、サルやヒトの聴覚野については音情報の表現のされ方や情報処理機能単位もまだ分かっていない


近年、PET やfMRI を利用してヒトの脳活動を非侵襲に計測することが比較的容易にできるようになり、言語音や視聴覚相互作用などの処理部位の推定が進められつつある。しかし、大脳皮質活動を非侵襲に観測する技術は時間・空間分解能の点でまだまだ未熟であり、その高次聴覚系の処理メカニズムに関する構成的な議論ができるようになるのはもう少し先のことと思われる。

なお、世界的に見ても聴覚研究者数は視覚研究者数の十分の一程度と少なく、視覚に比べると科学的データの積み重ねも仕組みの理解の度合いも遅れている。特に、我が国では、音を操る技術の開発に従事する音響・音声工学研究者は多いが、音を聴く仕組みを探る聴覚科学研究者は少ない。大学や大学院における聴覚科学教育も欧米と比較すると十分ではなく、改善が望まれる。

2−3−4 聴覚と他の感覚との相互作用
視覚刺激が音知覚に影響を及ぼすことはよく知られている。例えば、/ba/という唇を閉じて発音する有声子音で始まる音節を、/ga/という唇を閉じない有声子音を発話する唇の動きを見ながら聞くと、/ba/ではなく/da/のように聞こえてしまうマガーク(McGurk)効果、スピーカーとディスプレイとが多少離れていても、ディスプレイの映像から音が出ているように聞こえてしまう腹
話術効果などについては詳細に調べられている。

一方、聴覚刺激が視知覚に影響を及ぼすことはあまり知られていない。従来、視覚は世界を知覚する上で五感の中でも優位なモダリティであると考えられてきたが、視知覚も他のモダリティの影響を受けやすいことが最近分かってきた。すなわち、実験室的環境下ではあるが、視覚刺激の呈示順序判断が音刺激によって影響をうけたり、単一の視覚的フラッシュに複数の短音刺激が伴うと複数のフラッシュが見えるかのように誤って知覚されたり、直線あるいは交差する経路上を動く二つの視覚刺激の多義的な運動パターン(衝突するか、すれ違うか)は、二つの物体が重なった時点で音が鳴ると、それらの視覚刺激は衝突し反発するパターンとして知覚されて視知覚の多義性が解消される。

この他、衛星回線中継、低ビットレート符号化、ATM など伝送経路で遅延が生じ、映像と音声との同期がある程度以上ずれてしまうと、違和感が生じる。また、突然空から轟音が聞こえてくると何が起こったのかときょろきょろとあたりを見回し、飛び去る機影をみつけてホッとするという経験もあるだろう。

さらに、自動車の運転中や歩行中に重低音のクラクション音が聞こえ、大型トラックが後ろから来ているのかと思いきや、小型自動車しか見えないのでしばらく戸惑うといった構図にも、さまざまな場面で遭遇する。


これらは、私たちの脳が五感から入力された情報を総合的に咀嚼する過程、すなわち経験を積んできた日常的な実世界環境の「常識」とのずれが生じたために起こる。私たちが住む物理世界における普通の状況では、音と映像はほぼ同時にやって来るし、形状が大きなものは低い大きな音を出すということが「常識」となっている。

体性感覚・味覚・嗅覚と聴覚との相互作用についてはあまり知られていない。不幸にして視覚機能を失ったり視覚機能が衰えたりした場合には、体性感覚と聴覚で世界を把握する必要が生じるので、両者の相互作用は起こるのではないかと考えられる。また、感覚情報処理における運動による環境との相互作用という観点も重要である。

すなわち、私たちの聴覚系はただ単に耳に到達した音情報を咀嚼するのではなく、自らの体や頭を動かして積極的に音情報を取り入れようとするし、手をたたいたり声を出したりしてその響き具合を元にして自分の周囲環境の情報を得る。多くの小型哺乳類では耳介を随意的に動かすことができるが、その動きの情報と音の情報とが蝸牛神経核背側核という2次ニューロンのレベルで処理されていることが分かっている。

そして耳介を動かすことができないヒトではこの神経核は退化している。このような能動的な環境との相互作用を前提とした情報処理は聴覚に限ったものではない。

2−3−5 まとめ

冒頭に記した聴覚系の仕事を五感の仕事に敷延すると、五感の仕事は「外界の状況を把握するための情報や、相手が伝えようとしているメッセージを解読する一助となる情報を、五感に到達した刺激から適切、頑健、かつ迅速に脳内で再構成すること」となる。もしも、実世界と乖離した情報をユーザに与えるような五感通信技術が発達し日常的に利用されるようになると、学習が進んだ脳(成人)では違和感が生じストレスを誘引するようになるであろうし、学習途中の脳(子供)では実世界と乖離した形での学習が進んでしまう。

聴覚だけといった単一のモダリティだけを扱う場合にはさほどでもないが、五感を総合的に扱う技術開発に際しては、ユーザである人間の五感情報処理の仕組みをよくよく把握しないと百害をもたらす機械を生み出しかねない。人間の情報処理の仕組みを総合的に理解することを通じてこそ、豊かな人間性を育み自然と調和する、安全で快適な五感情報通信技術を発展させることができるのである。

感想・・・今、創価学会がターゲットの「嫌がらせ」に使っている電磁波ハイテク機器は、百害あって、一利なしである


【参考文献】

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1. 特集? 音響学における20 世紀の成果と21 世紀に残された課題? ,日本音響学会誌 vol.57, No.1, pp.3-112(2001)

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2−4 味覚

2−4−1 はじめに

食べものを口に入れた時に生じる味の感覚を味覚という。味覚を呼び起こすのは食べものに含まれている味物質であり、これらは甘・酸・塩・苦・うま味の五基本味の他、より複雑な味である辛味、えぐ味・渋味などといった味の感覚(味覚)を与える。私たちはこのような様々な味物質を口に入れると瞬時に味を感じ、これらの呈味特性を識別し、“おいしさ”や“まずさ”を知見する。

そこには脳の関与がある。味物質が口腔内の舌に接触し、発生した味覚が脳に達し、大脳の味覚野でそれが知覚されるまでの経路もわかっている(図2−13)が、この巧妙な生体の仕組み、すなわち、いかにして味を受容し、味覚を伝達し、味を知覚するかの詳細な機構についてはほとんどわかっていない。

感想・・・ある日を境に、大勢、100人以上の人間の声が聞こえてきて、自分の脳が彼らの実験に使われているといった被害告発がネット上に流れていた。彼は遠隔から、五感を操作された。加害者たちから「これから苦いものを送る」と言われると、たちまち、苦味が口から出てきた。吐き出しても吐き出しても苦味が湧き出てきて、苦しい思いをさせられたという報告である。これはSF(超常現象)の世界ではない。実際に彼が受けている、現在も継続して被害を受けているかどうか知らないが、現実に五感操作の実験台にされているのだ。創価学会の集団ストーカーが電磁波による遠隔操作で、思考盗聴や、騒音送信などをしているというのは、今や、通説になっている。この人も創価学会の「五感情報通信プロジェクト」のターゲットにされているかも知れません。

http://hen2000.hp.infoseek.co.jp/hen/junkie.html 



食物中の甘・酸・塩・苦・うま味物質は舌上の味蕾と呼ばれる感覚器で受容される。受容された味の刺激は細胞内でさまざまな伝達経路を経て神経に伝えられる。神経は味の刺激を電気信号に変換して脳に伝え、その結果味覚が発生する。

このような現状の下、味覚の情報通信技術の開発をめざすには、私たちの生体がどのようなシステムで多様な味情報を入力あるいは出力しているかを理解することが必要である。しかも各ステップで起こっている出来事を“分子”の言葉で説明し、記述することが重要である。このような知見は、味覚の通信技術を確立するための貴重な示唆を与えてくれるであろう。

近年、遺伝子工学および分子生物学の研究手法が発展してきた。興味深いことに、このような研究から味覚の受容・伝達システムの一部は、視覚や嗅覚のそれらと酷似していることが明らかになりつつある。それは、感覚器に存在し、味物質、光子、匂物質を受容するレセプタータンパク質が仲間同士の近縁関係にあって、しかも刺激情報の伝達も共通性をもっている点である。ヒトは進化の過程で味覚を獲得してきた。


当初、味覚は生きるか死ぬかを決定する感覚であったに違いない。身体が必要とするエネルギー源としての糖や、細胞外を海水環境に保つための塩からは甘味や塩味といった好ましい味の感覚を得てきた。一方、毒物や腐敗物の危険を避けるための苦味や酸味は忌避すべき好ましからざる味の感覚である。

そして、アミノ酸やヌクレオチドは酵素や遺伝子の原料として必要な物質であるからうま味という好ましい味の感覚を得たのであろう。すなわち、味覚は生きていく上に必須な食物を識別する大切な感覚であるといえる。ここでは、生物の生きる上で重要な情報であり、そして人間の食文化を築き上げた味覚について、通信情報の担い手である神経・中枢を主とした各論について概説する。


2−4−2 味覚の総論

(1)   味物質

食品の成分は、塩・酸・甘・苦・うま味の5種類の味覚を与える物質に大別される。塩味物質は食塩や岩塩などであり、陽イオン(Na, K)と陰イオン(Cl)の両者が塩の味質を決定する。酸味物質は酢酸(CH3COOH)や塩酸(HCl)などであり、Hが酸味を与え、残基が酸の味質を決定する。

すなわち、塩味物質も酸味物質もイオンが与える味である。苦味物質は多種多様であるがそのほとんどは有機化合物で疎水性(水に溶けにくい)の性質を示すが、構造上の類似点は低い。甘味物質も糖やアミノ酸などたくさんの種類があり、化学構造に共通性はない。うま味物質として、グルタミン酸やヌクレオチド(イノシン酸)があり、食物のおいしさに深く関わっている。

(2) 味覚の感覚器
舌表面上皮には茸状乳頭、葉状乳頭、有郭乳頭と呼ばれる突起した部位があり、ここに味蕾という組織があって、味蕾を構成する味細胞で味物質を受容する。味蕾はヒトの場合約9,000 個存在するが、20 才位をピークに減少するといわれている。1 つ1 つの味蕾は約100 個の細胞から構成され、その細胞の寿命は約10 日と非常に短い。味を受容する味細胞は味蕾細胞の約20〜40%である。単純計算するとヒトは味センサーとして約30 万個の味細胞を、食物が接する最前線である舌上に配置していることになる。塩・酸・甘・苦・うま味物質が味細胞に接触すると、直ちに味細胞と連結している神経の興奮(電気信号)が生じる。

このうち、塩・酸味物質は解離して生じたイオンがチャンネル分子を直接開いたり、閉じたりすることにより味細胞に刺激を伝える。一方、甘・苦・うま味物質はもう少し複雑なメカニズムであることが最近明らかになってきた。以下に概説する。味細胞のセンサー機能は3つの部品となる分子の種類により支えられている。それは、

1)入口での味(化学)物質を直接受けとるレセプター分子
2)そのレセプターからの刺激を細胞の内での伝達経路へ振り分けるトランスデューサー分子(G タンパク質)
3)出口でのトランスミッター放出マシナリー関連分子である。このように味細胞は、味物質刺激情報を分子による化学反応を連続的に起こして、味細胞に接している神経の電気回路に伝達するのである。感覚器である味細胞では多種多様な味物質を受容するために各々に対応する多種類のレセプターを用意して情報をキャッチし、その後細胞内で複数のパスウェイを通って味情報を伝達し、最後にトランスミッターを放出して神経へとそれを伝達する。


酸・塩味の場合も味細胞の入口のシステム(イオンチャネルの開閉)は異なるものの、出口でトランスミッターが放出して神経を興奮させることには変わりない。1個の味細胞には複数の味物質をキャッチする分子が存在し、その後の細胞内反応経路を共同使用しているが、これは少ない端子(味細胞)を効率よく利用している生体側の知恵であろう。

(3) 神経回路
味細胞からの味信号を受容する神経を味神経と総称する。塩・酸・甘・苦・うま味物質の味情報は味神経を介して中枢に運ばれ、そこで情報処理操作を受けて初めて味覚が生じる。この過程も複雑である。というのは、味神経は舌咽神経と鼓索神経の2種類であるが、合計で1,000 本以上の神経があり、各神経の終末は4、5 本に分かれ、異なる味細胞と連結している。また、1 個の味細胞は4、5 本の異なる味神経と連結している。


要するに、味細胞と味神経が1:1 に対応していないのである。しかも、これらの神経はある特定の単一の味を伝えるものは非常に少なく、ほとんどは複数の味に応答を示す。したがって、塩・酸・甘・苦・うま味物質がどのような神経で伝えられ、味覚を発生するのかを知るには、まず味細胞と味神経の連結配線図を手に入れなければならない。このような生体の配線設計図を解き明かそうとする試みが始まっている。

塩・酸・甘・苦・うま味以外の味、例えば辛味やえぐ味、渋味なども広義の味覚である。また、温度や堅さなどの物理的刺激も味に広がりを与える。これらの刺激は、舌咽神経や三叉神経のうち、味細胞以外の口腔内表皮直下にその神経終末をはりめぐらせている体性感覚神経で直接受容され、脳へ伝達されることが明らかになりつつある。しかし、この場合も、どの神経がどこの場所でどのような味刺激を受容しているかなどの位置情報を示す配線図は明らかではない。


(4) 脳での情報処理

味情報は神経の電気信号に変換され、最終的に大脳皮質味覚野へ達する。この経路の途中には複数の中継点があり、ここで神経をつなぎ換えている。つなぎ換えをすることによって、神経に様々な修飾が加えられその性質が微妙に変化する。このようなシステムは、われわれが多様な味を識別できるのに一役買っているのである。大脳皮質味覚野では入力された味刺激の情報を整理・統合処理した結果、“味覚”が感知される。この脳における情報処理の仕方を分子生物学のレベルで調べる研究こそ「味覚の神秘」の扉を開く鍵なのである。


2−4−3 味覚の各論─主として神経・中枢での情報処理・生理

(1)   味覚の受容と認知の仕組み

味覚は飲食物(化学物質)の味を受容する口腔内感覚(化学感覚)であり、塩味、甘味、酸味、苦味およびうま味の五基本味に大別される。生理学的には、「味刺激を受容する味細胞の興奮が、味神経活動を経て脳へ伝えられる感覚」と定義される。

したがって、渋みや辛味(痛覚)のように味神経活動に影響しない感覚は、味覚ではない。しかし、渋みや辛味の情報は、味神経とは異なる神経(三叉神経)を介して大脳皮質に伝えられたのち、味覚情報と統合・認知されることから、五基本味に渋みと辛味を加えた化学感覚を「広義の味覚」と定義することは可能である。

食物のおいしさに最も重要な役割を果たす因子は味覚であるが、香り(嗅覚)、食べ物の硬度・粘度・温度(口腔内知覚)、色・形(視覚)、外部環境・内部環境、食体験などの様々な因子も影響を与える。味細胞が体内に取り込まれる化学物質を感知するのに対し、生体内には取り込まれた栄養素(化学物質)を感知する細胞が存在する。


たとえば、胃や腸には食物中の糖やアミノ酸を感知し、ホルモン分泌や迷走神経活動増加を引き起こす細胞が存在する。膵臓のβ細胞は、血中の糖やアミノ酸を感知しインスリンを分泌する。視床下部には、血中の糖や遊離脂肪酸などを感知し食欲を調節する神経細胞が存在する。このように、食物を摂取することにより、味や匂いの感覚に引き続き、内臓および中枢において一連の化学感覚が生じる。

食物に対する嗜好性は、これらの過程を経験・学習することにより形成される。味細胞で受容された化学感覚情報は、シナプスを介して一次味神経に神経インパルス(活動電位)を発生させ、第一次味覚中継核である延髄孤束核に伝達される。その後の経路には種差があることが知られており、サルの場合は直接視床味覚野(視床後腹側内側核小細胞部)へ投射し第三次ニューロンとなってから大脳皮質の第一次味覚野(島皮質および前頭弁蓋部)に投射する。この領域より少し前方には、第二次皮質味覚野と考えられる眼窩前頭皮質などがある。


ラットでは、孤束核から送り出された第二次味覚ニューロンは、橋結合腕周囲核へ投射し第三次ニューロンとなって視床味覚野へ投射し、さらに第四次味覚ニューロンとなって大脳皮質味覚野へと至る。下位味覚中枢からは、視床下部外側野、扁桃体、分界条床核などの情動に関与する部位への直接の投射がある。味覚情報は、大脳皮質味覚野へ伝えられてはじめて「味」として知覚されるが、味質の大まかな識別はすでに下位味覚中枢で完了しており、味覚に基づく自律神経反射(唾液分泌、消化液分泌、ホルモン分泌、消化管運動、心血管反射、味覚性発汗など)や筋運動(舌運動、嚥下反射、味覚顔面反射)に関与している。

上位味覚中枢は、より複雑で高度な情報処理に関与する。味覚ニューロンの多くは、2種類あるいはそれ以上の複数の味刺激に対して応答を示す。味の強度や質の情報は、味覚ニューロン中をインパルス列に符号化して伝えられる。味刺激を強くすると、それに応じてインパルス数が増加する。味質の識別は、各ニューロンにおけるインパルス列の時間応答パターンおよびニューロン間の空間応答パターンなどの情報に基いて処理される。さらに、脳には、栄養素の体内レベルあるいは生理的欲求に応じて、応答性を可逆的かつ選択的に変化させるニューロンの存在が証明されており、このようなニューロンは摂食行動変化を起こす上での重要な神経回路基盤と考えられる。



2) 味覚の伝道路における味情報処理

1)   味覚の伝導路とニューロン応答性の修飾

味細胞で受容された味刺激による化学感覚情報は、シナプスを介して一次味神経に神経インパルス(活動電位)を発生させ、第一次味覚中継核である延髄孤束核に伝達される。その後の経路には種差があることが知られており、サルの場合は直接視床味覚野(視床後腹側内側核小細胞部)へ投射し第三次ニューロンとなってから大脳皮質の第一次味覚野(島皮質および前頭弁蓋部)に投射する。

こ領域より少し前方には、第二次皮質味覚野と考えられる眼窩前頭皮質やPrCO(precentral operculararea)がある。ヒトの味覚経路についても、サルの場合と同様であると考えられている。一方ラットでは、孤束核から送り出された第二次味覚ニューロンが橋結合腕周囲核へ投射し、第三次ニューロンとなって視床味覚野へ投射し、さらに第四次味覚ニューロンとなって大脳皮質味覚野へと至る。下位味覚中枢からは、視床下部外側野、扁桃体、分界条床核などの情動に関与する部位への直接の投射がある(図2−14)



味覚伝導路には、味の質や強度を分析する背側路と、味覚に伴う情動発現に関与する腹側路がある。味覚情報は、大脳皮質味覚野へ伝えられてはじめて「味」として知覚される。しかし、味質の大まかな識別はすでに下位味覚中枢(下位脳幹部;延髄孤束核および橋結合腕周囲核)で完了しており、上位味覚中枢(視床味覚野、大脳皮質味覚野)は、より複雑で高度な情報処理に関与する。

たとえば、食べ物を口にしたときに生じる唾液やインスリンの分泌亢進は、下位味覚中枢レベルにおける味覚反射の例である。また、大脳皮質味覚野は、味の記憶や学習に関与している。味覚ニューロンが上行して大脳皮質味覚野に至るまでの間、平行して走る味覚ニューロン間の相互作用、他の感覚系入力(一般内臓感覚性入力、一般体性感覚性入力)との収束、上位味覚中枢あるいは大脳辺縁系からの下行性入力による調節、などさまざまな影響を受けて味覚ニューロン応答性に修飾が加えられる。

1)ニューロン応答特性味覚ニューロンの多くは、2種類あるいはそれ以上の、複数の味刺激に対して応答を示す。その理由は、1)第一次味覚ニューロン(末梢の味覚神経)が分岐して複数の味蕾を支配すること、2)味神経の各分岐が1つの味蕾に入ってからも分岐を繰り返し、複数の味細胞とシナプス結合を形成すること、および3)個々の味細胞が複数の味刺激に応じて受容器電位を発生することによる。しかし、どの味に対しても同じ大きさで興奮するのではなく、個々のニューロンごとに、味刺激に対する応答パターンが異なる(図2−15)。





図 2-15 15 種類の味覚溶液に対するラット橋結合腕傍核ニューロンの応答性および自発放電頻度

個々のニューロン応答は、縦軸に沿って縦一列に示してある。AとBは左から同じ順番で、食塩ベスト(23個)、ショ糖ベスト(15 個)、クエン酸ベスト(5 個)およびキニーネベスト(1 個)ニューロンの順に並べてある。黒色柱:統計学的に有意な応答。(Nishijo and Norgren: J. Neurophysiol. 78: 2254, 1997)より引用・改変。

1)  味の強度の伝達

味の強度や質の情報は、味覚ニューロン中をインパルス列に符号化して伝えられる。味溶液の濃度を上げると、興奮を伝えるニューロンの数も増加する。末梢の味覚神経では、味溶液濃度とインパルス頻度との間にはStevens のベキ関数の法則が成立することから、味の強度はこの法則に従ったインパルス数で表わされると考えられている(図2−16)。






1)   味質の伝達および処理

味覚中枢における味質の識別は、各ニューロンにおけるインパルス列の時間応答パターンおよびニューロン間の空間応答パターンなどの情報に基いて処理されると想像される。味質の情報処理機構の仮説として、多くのニューロン間における興奮パターンで伝えられるとする考え方(アクロスニューロンパターン説)と、一本一本の味覚ニューロンが基本味(塩味、甘味、酸味、苦味、うま味)のうちどれか1つの味だけを特異的に伝えると考える説(ラベルドライン説)がある。アクロスリージョンパターン説では、すべての味覚ニューロンの応答に基いて情報処理を行うことから、よく似た味質の識別や強さの微妙な判断を行うとき、あるいは過去の記憶と照合させて高度な味覚情報の分析を行うときに、より詳細な分析が可能となる。

一方、ラベルドライン説に従った情報処理機構は単純であるため、塩味、甘味、酸味、苦味およびうま味といった大まかな味を速やかに分析するときに都合が良い。たとえば、下位脳幹部における速やかな味覚性反射活動を引き起こすためには、ある特定の味質に対して選択的に応答するニューロンが、直接反射中枢に投射していれば非常に合理的である。これらの仮説は相反するものではなく、最近の研究により、いずれの仮説を用いても味質の違いを説明できることが明らかとなってきた。

2) 下行性制御
大脳皮質味覚野からは、味覚中継核をはじめ、扁桃体や視床下部への投射がある。扁桃体や視床下部からは、脳幹味覚野に抑制性の投射がある。さらに、視床味覚野や大脳皮質味覚野からは、視床網様核の腹内側端に投射する経路があり、網様核ニューロンから視床味覚野へGABA を伝達物質とするネガティブフィードバック制御が行われている。上丘前端部を切断し、前脳(視床味覚野、皮質味覚野、視床下部、扁桃体を含む上位中枢)と下位味覚中枢(延髄孤束核および橋結合腕傍核)との連絡を断つと、味覚応答性が減少する(図2−17)。この結果は、上位中枢(上位味覚野および大脳辺縁系など)から下位脳幹部への下行性制

御が実際に機能していることを示している。






図 2-17 無傷コントロールラット(点線)および除脳ラット

(実線)における延髄孤束核ニューロンの味覚応答性

除脳によって、孤束核ニューロンの味覚応答性が低下する。 SA1、サッカリンナトリウム(0.0025 M);Q、キニーネ塩酸;G、グルコース;F、フルクトース;S、ショ糖;H、塩酸;CA、クエン酸;NB臭化ナトリウム;SA2、サッカリンナトリウム(0.25 M);NS、硫酸ナトリウム;L、塩化リチウム;NC、食塩。(Mark et al.: Brain Res. 443: 137, 1988)より引用・改変。

1)   味覚が関与する反射

延髄孤束核からの味覚性二次ニューロンは、上位味覚中枢に投射する経路以外にも、毛様体に投射する経路があり、味覚に基づく自律神経反射(唾液分泌、消化液分泌、ホルモン分泌、消化管運動、心血管反射味覚性発汗など)や筋運動(舌運動、嚥下反射、味覚顔面反射)に関与している。これらの反射は、いずれも味質の違いや濃度差に影響される。除脳動物でもこれらの反射が生じることから、下位味覚中枢が関与する脳幹レベルでの反射であることが示される。

(1) 栄養状態と味覚ニューロン応答性の変化

動物は、各個体を維持・成長するために、餌を探して捕獲しさらに消化吸収することによって、体内にエネルギーおよび体構成成分となるアミノ酸などの栄養素をバランスよく取り込む必要がある。しかし、単に適当に食べるだけでは、栄養状態に過不足が生じる危険性を含んでいる。

動物は、体に必須の栄養素が不足したときには、その栄養素を含む餌を探し出して選択的に摂取する行動をとり、逆に過剰摂取時(あるいは飽満)には、食べるのを中止する行動をとる。このような栄養状態の変化に応じた行動変化は、生体恒常性を維持する上で合目的々であり、栄養素の過不足に応じて味覚ニューロンが応答性を変化させる例がいくつか報告されている。

1)  グルコース
サルの第二次皮質味覚野(眼窩前頭皮質)には、空腹時に活動が高く、満腹時には活動性が減少するニューロンが存在する。覚醒下のサルに繰り返してグルコースを与えると、グルコース摂取に飽きるに従いニューロン応答が減少し、最終的に応答しなくなるが、同じような甘味を呈するブラックベリー果汁に対する応答には変化がみられない(図2−18)。




図 2-18 サル第二次皮質味覚野ニューロンのグルコース応答性の低下

グルコース摂取に飽きるに従い、グルコースに対する味応答性は減少するが、ブラックベリー果汁(BJ)に対する応答性は変化しない。横軸、グルコース溶液摂取量(ml)。SA、自発活動。(Rolls etal.: Eur. J. Neurosci. 1: 53, 1989)より引用・改変


このような応答を示すニューロンは、他の味覚中枢では見つかっていない。このことから、第二次皮質味覚野は、第一次皮質味覚野から投射された味に関する情報を受け取り、体内環境の変化あるいは生理的欲求に照合して摂食行動の調節に結びつく応答を示す、初段の摂食中枢であると言える。一方、ラットを用いた実験では、血中グルコースレベルの変動に応じたニューロン応答性の変化が、すでに下位味覚中枢である延髄孤束核や橋結合腕傍核で認められる。


このように、栄養素の体内レベルあるいは生理的欲求に応じて味覚ニューロン応答性を可逆的かつ選択的に変化させることは合理的であり、摂食行動変化を起こす上での重要な神経回路基盤の1つであると考えられる。

1)  必須アミノ酸(リジン)欠乏

リジンは必須アミノ酸の1つであるが、強い苦味を有することから、正常栄養状態の動物が好んで摂取することはない。しかし、ラットにリジン欠乏食を与えて飼育し、それと同時に13 種類の溶液(各種アミノ酸溶液、生理食塩溶液および水)を自由に選択摂取させると、数日以内にリジン溶液を探し出し定量的に飲む行動を学習する。

すなわち、リジン欠乏によってリジン嗜好性が発現することがわかる。このときに、末梢の味神経(鼓索神経および舌咽神経)におけるリジン応答性には全く変化が認められない。しかし、視床下部外側野では、リジン溶液をリックしたときだけ応答を示すニューロンが現れる(図2−19)。




図 2-19 オペラントリック行動下ラット視床下部外側野ニューロンの味覚応答性の例

正常状態(A)では、MSG の摂取時だけに特異的に応答し、リジン欠乏状態(B)では、リジン溶液の摂取時にだけ特異的に応答するニューロンが認められた。0-2 秒、予告音期;2-4 秒、溶液の摂取期。(Tabuchi et al.: Physiol. Behav. 49: 951, 1991)より引用・改変。

また、リジン欠乏状態では、微少量のリジンを直接視床下部外側野ニューロン膜に電気泳動的に投与すると、大きく応答するニューロンが記録される。このようなニューロンは、正常ラットでは認められないことから、リジン欠乏状態によって視床下部ニューロンの可塑的応答変化が生じたことがわかる。この可塑的変化を引き起こす機構として、神経栄養因子であるアクチビンとインヒビン(アクチビン拮抗薬)の関与が示唆されている。




2−5嗅覚

2−5−1 生理学・心理学

匂いについては、基本的な匂い(基本臭)が明らかにされていない。1960年代には、7基本臭と受容サイトの分子形状を関係付けた説があったが
[1]

確定した説とはならなかった。一方、匂いの分子種は40 万種以上もあり、日常の匂いも多数の分子種(たとえばコーヒーの香りは400 種以上の分子種を含む)からなる。このように沢山の分子の集団である匂いを、生体はどんな機構で受容し認識しているのであろうか。図2−20に示すように、我々の鼻腔の中には嗅上皮があり、その粘膜の中に嗅細胞が106 から107 個埋め込まれている。嗅粘膜は粘液層で覆われており、匂い分子は気相から粘液層を通過し、嗅細胞の繊毛表面およびその根元の部分に吸着する。

この結果、嗅細胞内部にアナログ的な電位変化が発生し、その電位がしきい値以上になると嗅細胞の根元でインパルスが発生し、それが脳の中に送られる。脳内には嗅球から始まり数段階の処理が行われ、匂いが認識される。一般に細胞はリン脂質の2 分子膜からなる細胞膜で覆われている。匂い分子は細胞膜を構成するリン脂質分子の疎水基部分、または受容タンパク質に吸着される。




図 2-20 嗅覚の匂い受容、認識機構

匂いの分子は一般に疎水性の強い油性の分子であるから、気相から粘液層に侵入することは一般的に困難である。粘液層を通過するに際し橋渡しの機能を持つ輸送タンパク質にいったん吸着し、受容タンパク質に運ばれるという説がある。栗原等は匂いの分子がリン脂質分子の疎水基部分に吸着するこ
とを強調した[2]。これは匂いの分子の疎水性からかなり説得力のある説である。

細胞膜は体温において液晶状態であるためリン脂質自体も活発に膜面内を移動する(1 秒間に1 ミクロン程度)。このため吸着した匂い分子も細胞膜中を素早く移動することができる。細胞膜中に存在する受容タンパク質の密度とリン脂質分子の密度は後者がはるかに高い。従って匂い分子は大部分が、まず、リン脂質分子の疎水基部分に吸着し、膜面内を移動し、受容タンパク質に吸着される可能性が高い。

いずれにせよ受容タンパク質が匂い分子の受容に第一義的に重要な役目を果たし、リン脂質分子はこの効果に直列的に影響を与える。しかしリン脂質分子の吸着機能自体が匂い分子受容特性を支配し、嗅細胞の興奮現象を100%支配してるとは考えられない。


リン脂質分子の吸着機能だけではppt レベルの匂い分子受容能力を説明するのに不十分である。おそらく超高感度の受容能力を示す匂い分子に対しては受容タンパク質が大きく寄与し、高濃度の匂い分子の受容機能にはリン脂質の疎水基部分への吸着特性が嗅覚能力に影響を与えていると思われる。両者が直列的に働き、高濃度では受容タンパク質が全て匂い分子でふさがり、残る分子はリン脂質に吸着されたことにより嗅細胞に効果を与えるのであろう。

匂い分子の受容タンパク質については、1991 年BUCK とAXEL が受容タンパク質の存在を遺伝子工学的な手法により明らかにした
[3]。現在では受容タンパク質の種類は数百から1 千種以上存在すると推定されている。これらの受容タンパク質群は7 回膜貫通ドメインを持ったGタンパク共役型タンパク質であり、ホルモン受容タンパク質、光受容タンパク質等と共通の構造を持っている。匂い分子はこの膜タンパク質が持つ弱いが少しずつ異なる選択性により識別される。このタンパク質の弱い選択性は少しずつ異なる匂い分子を分子の形状により識別し、分子を分類する。

たくさんのタンパク質があるため、分類機能は相互に重複しながら少しずつ異なる。受容タンパク質全体の受容機能は、匂い分子に対して連続した分子スペクトルのような関数を示すと考えられる。森等は嗅球の糸球が各種嗅細胞から送られてくる情報の種分機能を果たしているらしいことを明らかにした[4]

嗅細胞には1 種類の匂い受容タンパク質のみが存在するのか、それとも複数種の匂い受容タンパク質が存在するのか正確にはまだ不明である。しかし少数の匂い受容タンパク質が存在すると想像される。同種の匂い受容タンパク質を持つ嗅細胞は同一の糸球に終端する。一つの糸球には数万個の嗅細胞からの終端があるため、非常に受容感度が高い。うさぎ嗅球の僧帽細胞に電極をさし、糸球レベルの分子選別機能を図2−21に示す[4]




図 2-21 嗅球の僧帽細胞が示す匂い分子応答特性の一例

a) エステル類 (b)n-アルカン類 (c)n-脂肪族アルコール類(d) n-脂肪族アルデヒド類 (e) n-脂肪酸類エステル類、アルカン類、アルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類等の匂い分子に対する応答の強さを黒塗りの棒グラフで示している。棒グラフの高さは匂い分子を含んだ空気を一呼吸した時に誘起されたスパイクの数である。このように一つの嗅球の細胞は複数種の匂い分子に応答するが、その応答の程度は明らかに異なっている。

すなわち少しずつ異なる重複した分子種分け機能(分子コーディング機能)により匂いの認識識別が行われているらしい。嗅覚は一番古い感覚と形容されるが、その情報の伝達経路が大脳辺縁系を経由しているため視覚、聴覚等の主要感覚情報のルートに比べ情動深く係わっている。図2−22は情動を受け持つ大脳辺縁系の情報の流れを示す[5]




図 2-22 大脳辺縁系の情報の流れ
扁桃体にはあらゆるところから情報が入り込んでくる。扁桃体に流れ込む線は、それが太いほど高度に処理された感覚情報であることを示している。[5]

情動の発現については中でも扁桃体が主要な役割を果たしている。また扁桃体にはあらゆる感覚連合野からの情報が流れ込んでいる。内臓感覚の情報も扁桃体に入り、情動反応を起こし、その反応がまたホルモン分泌や自律神経系の反応を引き起こしている。

このような事情から嗅覚情報は情動、自律神経系を通して内臓にも影響を及ぼす。アロマテラピー等も有効だと言われる理由は、このような情報経路から考えて当然である。以上のように嗅覚情報は情動、体の調子等の人間の深層部分に係わっているため、官能検査においても体の調子やムードに支配されやすい。

加えて匂い情報の物理的な媒体である空気の流れ、呼吸が嗅覚情報に大きな影響を与えている。例えば我々がワインの匂いを味わう場合を考えてみよう。ワインをグラスに入れ勢い良く吸気してみる。その匂いとワインを口に含み、口の中で匂いが広がり鼻に達する匂いが大幅に違うことが分かる。

これは決して味の情報により匂いの情報が乱されているのではない。今、かなり大きなワイングラス、しかも、上部が細くくびれているグラスを用意する。ワインを入れた後これをかなり激しく回転し、充分にグラス内に匂い蒸気がたち込めた状態にし、急いで鼻でグラスの上部を蓋する。このような状態でワインを嗅ぐと口に含んだワインと同じ匂いがする。

この実験からワインの蒸気圧を同じにしない限り、ワインの匂いを正しく認識できないことが分かる。ワインの匂いはもちろん多成分系であるから分子の種類により蒸気圧は異なり、蒸発の状態によって多成分の分子濃度は大幅に変わる。加えて匂い分子の嗅覚受容能力自体に非線形性があるため、蒸気圧の違いにより異なった匂いと認識されてしまう。

我々は匂いを吸気により鼻に導き、呼気により吸粘膜から脱離させる。また匂いを注意深く嗅ぐとき、我々はくんくんと匂いを嗅ぐ。すなわち吸気により断続的に匂いを鼻に導く。これは嗅覚の順応特性を考え、深呼吸の様に連続的に匂いを鼻に導くよりもパルス状に匂い鼻に送り込む分が、匂い情報を鋭敏に受容できるためである。このように呼吸との関連で匂いの認識がかなり変わる。

そこで後述する匂いの送信、配信等において、匂いをいかに鼻に導くか、またいったん配信した匂いをいかに鼻の周辺から除去するか等の技術が非常に重要である周辺の気体の流れの影響を除去するために、匂い放出機から小さなチューブを出し鼻に挿入し、匂いを送り込むことが考えられる。人間が呼吸する限り匂いの伝達は呼吸により大きく支配され、微妙な匂いの違い等を嗅覚に高忠実な情報として送り込むことは難しい。


また鼻にチューブ等を挿入すれば不快感を伴い、前述の情動反応により体全体の機能も影響を受け、結局嗅覚機能自体も悪影響を受ける。そこでこのようなファクターを考え、体に影響を与えないような匂いの配信装置が必要になる。

感想・・・被害が酷かったころ、飛行船が自宅の真上を通過してから、しばらくして、部屋中に排気ガスの臭いが立ち込めた。創価学会の集団ストーカーに遭ってから、部屋でおしっこの臭いがしたりしたこともあった。その臭いはハイテク機器による「匂いの送信」だったと思う。いづれも、10分から15分くらいで消えた。日本初! 匂いの出る試写会『チャーリーとチョコレート工場』で人々は驚いた。上映中、チョコレートの香りが放出されたからだ。プロモツール株式会社が開発した「アロマトリックス」と呼ばれる商品で、チョコレートのほかにもピーチ、アップル、ゆずなど約130種類の香りを製造している。http://cinematoday.jp/page/N0006810

2−5−2 匂いの通信

通信とは媒体に変換した信号を他者に伝えることである。伝えるに要する

時間が短い方法を通信、不特定多数に送るのを放送と称し、媒体は電子的な物にならざるを得ない。一方、長時間を要する送付の方法もある。例えば郵送、宅配等であるが、媒体はフロッピーディスク、写真等になる。一方記録とは情報を客観的事物(媒体)に変換し、それを長期に保存することである。媒体としてフロッピーディスクや画像を写真に記録する等の手段を使えば、通信=記録となる。

このように考えると通信と記録の本質的な差はないが、あえて言えばスピードを要求するがその質に関してあまり問わないものを通信、スピードを要求しないが質を問うものを記録と言うことができるであろう。情報分野では通信・記録において電子的手段が中心であり、技術の現状では五感情報を電気信号に変換する部分(再生技術)が重要である。


視覚や聴覚の情報に関しては変換技術及び記憶技術がいずれに関しても高度に発達しているが、触覚、嗅覚、味覚情報に関しては技術の発展が遅れている。従来、嗅覚情報は言葉や文字により表していた。匂いは物の名前で表現するのが普通である。例えば香水の匂い、いちごの匂い、ワインの匂い等である。微妙な匂いに関しては、調香師は形容詞や化学用語を使い言語表現をする。

例えばアルデヒド臭が強いワインの匂い。匂い製品(化粧品、飲食物等)のレシピは調合する材料で匂いを記録している。レシピに従い精油をまぜ香水を作ることは、記録を再生していることに相当する。化学的には匂いを分析し、記録する。この方法は信頼性が高いが、長時間を要するのが欠点である。必ずしも分析しきれない匂いの情報もあり、例えば、ガスクロマトグラフィーの保持時間が同じ匂い分子に対しては識別最近、いわゆる匂いセンサを使い電子的に匂い情報を記録することができるようになった[6]。匂いセンサとして半導体ガスセンサ、水晶振動子を用いたQCM ガスセンサ等が用いられている。

通常、数個ないし十数個のセンサを用いる。これらのセンサは少しずつ異なるが幅広い選択性を示し、センサ出力のベクトル的な情報から匂いを識別する。この原理は先に述べた匂いの嗅覚機能を模したものであるが、嗅覚のように1,000 種類の異なるセンサを用いることはできない。また個々のセンサの感度も嗅覚と同じ程度の感度および選択性の違いを持たせることができないため、現段階においては匂いセンサは人間の嗅覚機能に劣る。しかし限られた匂いの識別、例えば同じりんごの中でも収穫時期の差による匂いの違い等の識別に関しては、人間の認識機能を上まわる(少なくともすることができない


補助することができる)。官能検査において人間は、匂いを嗅いでも嗅細胞のレベルの情報は0.1 秒程度で消滅してしまう。そこでパネリストは嗅いだ匂いを素早く言語表現により記録しようとする。例えば富士というりんごの匂いであり、完熟度は80%で青みが強い匂いである。これに対して、電子的に完全に記録され、使用するセンサの選択性さえ適当であれば、サンプルの匂いの違いは計算機により正確に識別される。

このような記録能力の違いにより、匂いセンサは官能検査の補助として充分使用することができる。しかし気を付けなければならないことは、前述の蒸気圧のコントロールである。りんごを手に持ち鼻にあてがい蒸気圧を制御しながらその匂いを嗅ぐ。熟練した人ほどこの操作の再現性が良い。一方匂いセンサにおいては匂いの補臭機能を充分に高め、匂い成分の蒸気圧を再現性良く設定しない限り匂いの識別を正確に行うことはできない。匂いセンサの大きな問題はセンシング機能のドリフトとセンサの寿命である。嗅細胞も1 ヶ月程度で入れ替わると言われている。

半導体ガスセンサに例えば高濃度のアルコールを吹き付けると、そのセンシング機能は大きく変化してしまう。センサは300℃に加熱されている。材料は酸化スズであり、空気中の酸素は酸化スズ表面に化学吸着する。匂い分子は表面で酸化され、その際の電子の授受により半導体の抵抗変化が起こる。高濃度のアルコールは表面において多数の水素、炭化水素を発生し、酸素濃度および表面温度の大きな変化を起こし、酸化スズの化学両論的な組成変化および結晶粒の変化を起こす。

これらの原因によりセンサ特性の変化や寿命が影響される。匂いセンサを長期に渡り特性管理するためには、多数の予備的なセンサを用意し、定期的にこれらのセンサに参照ガスを与え、その特性変化を調べ、特性が劣化したものを廃棄し、新しいセンサに自動的に置き換えることが必要と考えられる。人間を使うにしろ、センサを使うにしろ匂いの受容・センシングは表面の反応であるため、寿命や特性安定性に関して不安が伴う。このようなリフレッシュ機能は不可欠なことと思われる。

東京工業大学の森泉教授のグループは能動センシングシステムを使った匂い通信の実験を行っている
[7]。このシステムでは図2−23のように、手持ちの匂い材料(参照匂い群)を調合し、測定匂いと調合匂いをセンサ信号により比較し、測定匂いと一番近いセンサ信号を与える調合匂いを自動的に探索し、その調合比を出力する。探索に必要とする時間は秒オーダであり、本システムは自動的に匂いのレシピを出力することができるといえる。




このシステムにおいては、測定匂いをあらかじめ用意しなければならないのは大きな弱点であるが、匂いセンサの寿命、安定性が不十分なこと、短時間で高い信頼性のもとに測定できること、受信側で再生を行うことを考えればその装置を匂い材料を良い素材を得ざるを得ないこと等から、この欠点は高忠実の通信装置には送信および受信側において配置すべきものと考えられる。

将来、センサの安定性、信頼性が向上すれば送信側は参照匂いを必要としないであろう。しかし高忠実度を要求すれば、このような参照匂いとの比較は不可欠と考えられる。森泉が開発中の高忠実通信装置に加え、最近匂いの配信装置が各種発表されている。


例えばフランステレコムは、匂いを放出するカートリッジを開発し、パソコンからの命令に従い受信者の鼻付近に匂いを放出する。これらの装置にはセンサと匂い認識部分がなく、通信装置とは言い難い。プログラムまたは送信側の命令に従い、一方的に匂いを放出するもので、配信(又は配達)装置というべきである。

しかし、匂い放出により受信者の情動に訴え、視覚・聴覚情報のリアリティが増すなら、マルチモーダル通信における補助手段として大きな意味がある。この手段の導入により匂い放出装置の需要が一挙に高まり、小型化が促進され、多様な匂いの放出が可能となるであろう。さらにこの発達により、能動センシング装置の性能が高まるため、森泉らが提案する匂い通信装置実用化が早まると期待される。

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2−6 触覚

2−6−1 生理学・心理学・その他

触覚は、人間の体が物に触れた時に生じる感覚である。ものに触れた時に感じとることのできる情報には、単に触れたということだけでなく、触れた対象の形状や材質あるいはその際の力などの感覚が含まれる。形状に関しても大まかな形状から表面の細かな肌理まで、また、材質に関しても軟らかさ、場合によっては重さなどが認識される。これらの事実からも明らかなように、その認識に関わる感覚は様々であり、また、体の至るところで感じとることができる。

生理学では、触覚や力覚のように体で感じる感覚を体性感覚と呼ぶ。体性感覚は、その感覚受容器の存在する部位の違いにより、皮膚感覚と深部感覚とに分類される[1]。皮膚感覚は皮膚および皮下組織に受容器を持つ感覚であり、触圧覚・振動覚・冷温覚などに分類される。皮膚表面は、体毛に覆われた有毛部と、これを持たない無毛部とからなる。有毛部は受動的な刺激を受ける部位に多く見られるのに対して、無毛部は指や手掌のように積極的な触作用を行なう部位に多く見られ、このために必要な構造上の特徴を有している。

皮膚感覚が性質の異なる複数の感覚から成り立っていることは、皮膚表面をプローブにより局所的に刺激する実験より明らかになる。これにより、皮膚表面上に、刺激に対して特に感度の高い点が存在することが示され、感覚点と呼ばれている。また、圧迫あるいは振動など、特定の刺激にのみ反応する受容器の存在が明らかにされている。なお、接触の感覚と圧迫の感覚とは意識のレベルでは区別される場合が多いが、刺激のレベルでこれを厳密に区別することは困難であり、これらの感覚を含むものとして触圧覚という用語が用いられる。




図 2-24 触覚受容器の構造(文献)[1]より

解剖学的な研究により、数種の受容器についてその存在が明らかにされている。触圧覚および振動覚は機械的感覚と呼ばれ、これを受容する感覚器がある程度同定されている。すなわち、マイスナー小体、パチニ小体、メルケル盤、ルフィニ小体の4 種である。これらは各々の受容する刺激の性質の違いから速順応(RA)型と遅順応(SA)型とに分類される。速順応型はその名前の通り刺激に対する順応が速く、持続的に変化する刺激を受容する。

すなわち振動の感覚である。これに対して、遅順応型は静的な圧迫などの触圧覚を受容する。この他に、温度の刺激を受容する冷温覚受容器、組織の過度な変形などに対して痛みの感覚を生じる痛覚受容器などの存在が明らかにされている。

仮想的触覚提示に直接的に関係する知見として、触圧覚の閾値に関する測定結果が知られている。これは、直径250μm のナイロンテグスの刺激毛により皮膚表面を刺激した際に、これを認識することができる最小の刺激の強さである。


これによれば、唇・指先部などが閾値が低く0.3〜0.5[N/cm2]、前椀や体幹部では指先の10〜30 倍とされる。また、感覚点の密度は平均で30〜40[/cm2]であるが、指先の手掌面では100[/cm2]とされる。なお、感覚点と感覚受容器とは必ずしも1 対1 に対応しているものではない。






図 2-25 局在能(文献)[1]より) 図2-

図2-26 手表面の2点弁別閾(文献)[1]より)

体表面に加えられた触圧刺激の部位を認識する能力は局在能と呼ばれる。これは、被験者の体表面の一点を刺激毛を用いて刺激し、この点を被験者に閉眼の状態で指示させ、その誤差を計測することで求められる。この結果、人差指などで1〜2[mm]、手掌面で3〜5[mm]、前腕部で5〜10[mm]であり、四肢末端部ほど局在能が発達しているとされる。局在能と密接な関係のある空間能として二点識別閾がある。これは、皮膚表面上の2 点に同時に刺激を与え、これを閉眼の状態で2 点と認識できる限界の距離として測定される。


二点識別閾は通常その部位の局在能の3〜5 倍となっており、指先で2〜3[mm]、手掌面で10〜15[mm]、上腕で30〜40[mm]とされる。一方、振動覚の特性についても知見が得られていて、これによると、振動覚の閾値が最小となるのはおよそ200〜250[Hz]の周波数である。触覚にはこの他に様々な現象が知られている[2]。マスキングは、同時的な刺激あるいは時間的に連続な刺激により、その閾値が変化する現象である。

同時的刺激によるものを空間的マスキングと呼び一般に閾値が上昇する。これに対して、時間的マスキングでは、その間隔により閾値を高める順向と閾値を低くする逆向とに分けられる。ファントムセンセイションは2 つの触刺激が2 点弁別閾より離れた点に与えられた場合でも、これらを別の1 点に対する1 個の刺激として感じる現象である。

これを利用して、2 つの振動子による刺激で、その間の任意の点に感覚を定位させることができる。仮想運動は、2 つ以上の点に対する刺激を適切な時間間隔で与えることで運動の感覚を生じる現象である。時間間隔を60[ms]程度に設定した場合にこの感覚をもっとも良く生起させることができるとされる。


一方、触覚を介した情報伝達の観点からその情報量を評価することも試みられており、1 つの点刺激が持つ情報量は1.8 ビット相当であるとの知見が得られている[3]。点字は触覚を介した情報伝達がもっとも明示的に行われる例である。点字は様々な提示方法が考えられる。すなわち、指表面全体に1 度に全ての点を提示するsatic、これにスリットをかけ走査するslit-scan、電光掲示板のように流すscan、文字の書き順に従って表示するstroke などである。static に比べてscan およびslit-scan の成績が良いことが知られている。

また、stroke においては、正しい書き順で表示したものが、ランダムな書き順によるものに対して良い成績を示している。深部感覚は筋肉・腱・関節・靭帯などの深部組織に受容器を持つ感覚である。筋肉には筋繊維に交じって筋紡錘と呼ばれる受容器があり、これにより筋肉の伸張の感覚を生じる。この感覚は脊髄での反射に関与しており、筋の過度の伸張による切断の防止に寄与しているとされる。


また、振動に対しても反応し、伸展の錯覚を生じる。腱には振動刺激を受容するパチニ小体、筋の圧迫、つねりなどの感覚を受容する自由神経終末などが見い出されている。一方、関節嚢にはルフィニ終末、パチニ小体、自由神経終末などの受容器が存在する。ルフィニ終末は遅順応型の受容器で、関節角の知覚に関与しているとされ、パチニ小体は速順応型の受容器で、関節の動きの速度の知覚に関与しているとされる。靭帯にはゴルジ終末、ゴルジ・マッツォニ小体などの存在が知られている。ゴルジ終末は速順応型の受容器で、関節の動きの方向や速さの知覚に関与している。

手先の触覚および力覚の特性は、テレロボティクスの分野でも重要な関心事となっており、主にセンシングやアクチュエータ制御の観点から、人間の受容特性や運動性能の周波数帯域について整理がなされている[4,5]。これによると、指先の制御動作出力の周波数は20[Hz]に満たないが、作業に伴う力情報の入力は最低でも20-30[Hz]、特に巧緻な作業では5,000-10,000[Hz]の帯域が要求される。




図2-27 触力覚の帯域幅(文献[4,5]より)

2−6−2 情報通信技術

(1)  センシング技術

力のセンシングはテレロボティクスにおける重要な要素技術として早い時期から検討が行われ、アームに力センサを埋め込むことで操作力を検出し操作者にフィードバックする考え方が提案されてきた。

テレロボティクスにおける力の計測および提示の試みは、手首に対するものと、指に対するものとに分けられる。手首に関しては力覚の存在により、作業時間の短縮、エネルギー消費の低減、誤差の低下、接触時の力の低減などの効果が得られることが知られている。

一方、指先に対する力覚計測は、アームの多指化にともないその重要性が増してきている。二指グリップでは指先を利用した細かな位置決めなどの動きができないという操作自由度の問題に加えて、対象の滑らかさなど指の滑りで認識されるような情報が得られないなど、対象に関する情報のセンシングにかかわる問題点が指摘されていた。

スレーブアームを多指化し、各々の指に力センサを持たせることでこれらの問題をある程度解決することができる。多指ハンドを利用した遠隔操作における力覚の必要性は、人間の手において指先に対する力の感覚がない状態を作り出すことで近似的に明らかになる。把持力の認識を困難にする程度の硬さをもつ手袋を着用することで、ピン挿入の作業の所要時間が素手の場合の1.8 倍程度になったことが報告されている[4]。

このような事実から、多指ハンドは指の姿勢をスレーブアームに伝えるだけでなく、スレーブアームからの力覚情報を操作者に提示しなければならないと言われる。テレロボティクスを目的として触覚情報を計測し伝達する試みも知られている[6]。この試みでは、感圧スイッチをマトリクス状に配置した触覚センサが提案され、これにより接触面における分布力が計測される。

この情報を再生するための触覚ディスプレイも開発されている。物体表面のより細かな肌理
きめなどの情報を力センサのような機械的なセンシング方法によって計測することは必ずしも容易ではない。これに代わる方法として、光学的に肌理きめを計測入力する手法が提案されている[7]。これは、光源位置を制御した環境で物体表面を撮影し、これをもとに微小な凹凸形状の情報を推定するものである。




図2-28 触覚計測センサ(文献[6]より)

物体に触れた際に発生する触力覚を単に力と変位との関係として伝送するのではなく、その物体の柔らかさなどのモデルとして再構成し伝送する考え方も提案されている[8]。この手法は、感覚をそのまま伝送する従来の通信手法には適用が難しいが、仮想空間を利用したコミュニケーションにおける共有仮想物体の表現などには適用することができる。

(1)
 蓄積技術

触力覚情報の蓄積は、これを物体モデルとしての計算機内でどのように表現しどのような計算アルゴリズム再生するかという観点から検討されてきた。このような研究領域はHaptic Rendering[9]と呼ばれる。触力覚提示においては、力の更新レートをCGに比較して高くとる必要があり、また接触の物理的な状態が計算できることが望まれる。このため、通常の力覚応用では計算量を削減するために指先を点と見なすことが多い。触力覚に関係する物理現象の最も基本となるのは人と対象物の接触である。

したがって、対象物形状データの蓄積とこれをもとにした接触感覚の表現アルゴリズムがもっとも基本的な問題となる。力覚提示においては、接触は単に指先と物体表面との干渉ではなく、干渉の結果指先がどこにどのような状態で拘束されているかを知る必要がある。これを実現する代表的な手法としてGod Object Method[10]が知られている。これは、操作者の指先とは別に、モデルの拘束条件をすべて満たすように振る舞う理想の指先(God Object)を定義しシミュレートすることで、指先の拘束状態を計算する。


この手法を点ではなく線分に拡張する試み[11]や、3次元空間における指先のうける制約を表現できるように拡張する試み[12]がある。仮想物体の表現にポリゴンモデルが利用される場合には、表面形状は平面を張り合わせた多面体として定義される。このようなモデルにもとづいて滑らかな形状を表現する手法としてForce Shading[13]の考え方が提案されている

これは、CGにおけるシェーディングと同様、ポリゴンの内部で生じる力を、頂点での干渉にともなって生じる力から、ポリゴン内での補間により計算するというものである。逆に、表面の肌理など表面での凹凸感を表現するために、CGにおけるテクスチャマッピングの考え方を応用する提案もなされている。このようなテクスチャの内部表現としては、高さ方向の凹凸を定義する方法、接線方向の摩擦係数の分布として定義する方法などが提案されている。

接触にともなって生じる力は対象物の振る舞いや性質によっても変化する。たとえば、柔らかく変形を生じるような物体では、変形に応じた反力が操作者に返るはずである。このような力を計算するためには、対象物の変形シミュレーションをおこなう必要がある。変形する仮想物体の表現方法としては、有限要素法やバネのネットワークによるモデル(以下、バネモデル)が広く使用されている。バネモデルは有限要素法に比べて、変形から力を求める計算を短いサイクル時間で行うことができることから仮想空間での変形物体の表現に広く利用されてきた。

しかしながら、このバネモデルにおいても複雑さが増すと実時間での処理は難しくなる。通常のバネモデルでは、バネによるメッシュと表面ポリゴンとが構造を共有していることが一般的で、結果として形状モデルの精度、すなわち複雑さを上げると、力学的モデルの計算量も増加してしまうことが問題であった。この問題を解消する方法として、実時間で計算できる程度に粗くしたバネモデルと空間補間を組み合わせて用いる手法[14]が提案されている。有限要素法を利用した試みの一つは、高性能な計算機を利用して実時間

での処理を実現するもの[15]である。これは計算を高速化するという考え方ではなく、動作の予測を並列におこなうという観点から並列計算機活用する考え方である。すなわち、予想される操作者の状態(すなわち操作者が対象物に与える変位)の近傍の複数の状態を仮定して計算をおこない実際に操作者がとった状態に最も近い計算結果を利用した力覚表現をおこなう。


有限要素法を応用したもう一つのアプローチとして、線形なモデルの性質を利用するもの[16]がある。具体的には、線形なモデルでは剛性マトリクスが定数行列となることに着目し、変形の計算に必要とされる逆剛性マトリクスをあらかじめ計算しておき、これを利用して実時間での力および変形の計算を実現する。

変形のモデルとして、このほかに粒子モデルが知られている。このモデルでは、物体を相互に力を作用しあう粒子の集合として定義し相互作用力にもとづく粒子の運動を計算することで、塑性的な変形をする物体を作成することができる。このようなモデルは、内臓の手術シミュレーションにおける臓器の表現に適しているとされ、利用が試みられている[17]。

以上のような内部表現とアルゴリズムを触力覚提示環境としてパッケージ化する試みもなされている。もっとも代表的なものはSensAbleTechnologies 社のGHOST[18]で、これはPHANToM デバイス(後述)のための触覚世界構築環境であり、シーングラフの考え方により仮想空間を定義する事のできる枠組みを提供する

また、研究開発を目的としたものとしてHIP(HapticInterface Platform)[19]が知られている。これは、東大・都立科技大などの複数の触力覚研究グループが集まって構築したライブラリで様々なデバイスを統合的に利用することを前提として開発されオープンな設計を特徴とする。

(2)
 再生技術
触力覚の再生技術はVRの研究の発展の中で、仮想空間における触力覚提示技術として広く検討されてきているが[20]、今なお多くの課題を残している。触力覚提示が困難な理由の一つは、これらの感覚が体全体に広く分散していることにある。物体の操作などのインタラクションには手が最も利用されることから触力覚提示は手に限定されることが多い。


それでも、複雑な形状を持ちかつ変形をともなう手全体に及ぶ感覚提示は、今なお実現されていない。触覚提示の試みは、テレロボティクス以前に視覚障害者のための情報提示を目的とした研究がなされてきた。すなわち、視覚情報を触覚情報に置き換えて提示する試みである。

もっとも初期の研究としてはオプタコン21]が知られている。これは点字ディスプレイを拡張して形状などを提示することを可能としたものである。さらに、画像の輝度情報などをそのまま触覚情報に変換する装置としてTactile Television[22]の提案もある。

この中ではカメラによる画像を背中の皮膚表面に触覚情報として投影する手法が提案されているが、装着者による画像の認識には難があると報告されている。このほかに、形状を表現するデバイス[23]が提案されている。このデバイスは伸縮の制御できる微小なロッドの配列により構成され、個々のロッドの長さを形状の奥行き情報や画像の輝度値に応じて変化させることで、提示形状を変化させる。これにより、3次元形状をある程度認識させることが可能である。

に応じて変化させることで、提示形状を変化させる。これにより、3次元形状をある程度認識させることが可能である。






図2-29 オプタコン(文献[21]より)

VRにおける触力覚提示の試みは、文字や形状のような情報ではなく、物体表面のテクスチャや摩擦などの質感の表現に焦点が当てられているのが特徴である。皮膚表面に触覚を生じさせる方法には、皮膚表面に対して機械的な圧迫や振動を与える方法や電気刺激により感覚受容器に擬似的に触覚を発生させる方法が知られている。

皮膚表面に圧迫刺激を与える手法としては、Tactile Television などで用いられているソレノイドを利用する方法のほかに、小型の空気袋などにより皮膚表面を圧迫する空気アクチュエータを用いる方法、皮膚表面に空気を直接噴射する空気ジェットによる方法などいくつかの方法が提案されている。


空気圧を利用することの利点の一つに、装着部の構造が単純であることからこれを軽量に構成することができることで、これにより、装着感を軽減でき、接触情報のS/N 比の向上が期待できる。機械的な振動刺激を与える方法の多くは、振動機構をもつピンの配列を構成し、各々のピンの振動を制御することで刺激の分布を作り出すという考え方で実現されている。代表的にはピエゾアクチュエータを利用したTexture Display[24]が知られている。




図 2-30 Texture Display(文献[24]参照)

以上のような手法による局所的な刺激の生成は物理的に明快である反面、解像度を上げることが難しいなどの課題がある。これに替わる手法として薄膜の振動を利用する方法[25]が提案されている。これは、膜の境界条件と振動のモードを制御することで膜上に任意の振幅分布を作り出すという考え方に立つものである。

電気による触覚の生成はこれまで皮膚内における電場の拡散により電気刺激の局所化が困難であるとされていたが、電極を多数配置して皮膚内部の電場を制御することによって局所的な触覚表現が可能であることが明らかになってきた[26]。

このような電気刺激による手法は、機械的なアクチュエータが不要で提示部を軽量にできると期待される半面、電気刺激による痛覚刺激の問題を解決する必要があるとされる。触覚刺激を皮膚表面での刺激の再現という観点ではなく、接触の有無や強さを記号的に表現する手法も検討されている。


CyberTouch[27]は、手形状計測デバイスの指先部分に振動子を取り付け、物体と指先との接触が生じた際にこれを振動により操作者に伝えるものである。これにより、指先を物体表面に拘束することはできないものの、接触の知覚により操作性の向上が期待される。同様の振動子を全身に配置した全身触覚提示デバイス[28]も提案されており、比較的広い仮想空間において障害物と身体との接触の表現に利用できることが示されている。



図 2-31 PHANToM(SensableTechnologies 社)



図 2-32 HapticGEAR(文献[34]参照)


力覚提示はテレロボティクス以外にCGの分野でも必要性が指摘されていた。その先駆けといえるのはUNC におけるGROPE プロジェクト[29]である。このプロジェクトはCGで表現されたものに接触感覚を付与することを目的として、仮想空間とのインタフェースのためのマスターアームの開発と、これを利用した操作に関する実験を行なっている。

力覚提示には機械的な装置が利用されるが、機構や力の伝達手段には様々なものが考えられる。比較的よく知られているものとして、エアシリンダを利用による握力提示を実現したDexterous Master[30]、ワイヤによる力の伝達を利用したSPIDAR[31]、2自由度のジョイスティック型力覚デバイスであるVirtual Sandpaper[32] 、パラレルアームを利用したSensableTechnologies 社のPHANToM[33]、ワイヤを利用して握力を提示するCyberGrasp[27]、ペン型グリップに力を返すHapticGEAR[34]などが知られている。



図 2-33 Surface Display(文献[35,36]参照)

力覚提示の最近の一つの発見として対象提示の考え方を干渉して生じることから、物体の表面を表現するデバイスがあれば、これと指先との干渉によって接触力を表現することができるはずであるという考え方である。

上述の力覚デバイスが力を提示することに注目していたのに対して、対象提示型デバイスは対象物の形状を表現する。初期の試みとしてはSurfaceDisplay[35,36]が知られている。これは、物体と指先の接触点近傍の物体表面をロボットアームにより提示するものであった。類似の考え方として、Robotic Graphics[37]が提案されている。

このような対象提示による触力覚表現は、計算機にモデルが保持されていてはじめて可能となるもので、VRならではのアプローチであると言うことができる。これらの提案をきっかけとして、対象提示ディスプレイに関連する様々な技術が検討されるようになった。


非接触時に操作者に負荷を与えないことに着目したデバイスの開発[38,39]や、接触面の形状を工夫することで角部・隅部の表現を可能にする機構と制御の提案[40]、面の提示に加えて仮想のグリップを提示しこれを介して物体操作をおこなう試み[41]、提示面の形状を変化させる試み[42]などをあげることができる。また、スポンジの形状変化を仮想物体の変形に反映する形状操作入力デバイスなども受動的な対象提示型デバイスに含めることができる。

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[42]Hirota, K., Hirose, M.:Providing Force Feedback in Virtual Environments;IEEE CG&A, Vol.15, No.5, pp.22-30 (1995).




2−7 感覚間の相互作用

現代知覚理論には基本的な立場を異にする二つのアイディアがある。二つを分けているのは環境中のエネルギー場(光、振動、力学的接触、化学的放散など)の構造がそれ自体で正確な知覚を動物にもたらすかどうかという点についての見解の相違である。


エネルギー場の構造だけでは正確な知覚は不十分であるとする立場を「間接知覚論」とよぶ。伝統的な心理学の大部分の立場である。エネルギー場の構造に正確な知覚をもたらす不変な情報が存在するとする立場を「直接知覚論」とよぶ。20 世紀の後半に登場した生態心理学の立場である。本節ではまず間接知覚論の前提にふれ、後に本邦ではあまり紹介されることのない直接知覚論の枠組みと、そこでの「感覚間相互作用」についての議論を紹介する。

2−7−1 間接知覚論での相互作用

伝統的な心理学の感覚研究には、(1)感覚には一定の数が存在する、(2)個々の感覚は専用の受容器をもっている、(3)感覚神経のインパルスは受容器を興奮させる刺激を特定できず、興奮させられた受容器だけを特定することができる、とする3種の前提があった。


これは「特殊神経エネルギー仮説」とよばれ、ヨハネス・ミューラーによって定式化された枠組みである。この教義は「感覚作用の性質は特定の受容器の興奮の性質であり、それを興奮させている刺激の性質ではない」と考え、受容器を興奮させる原因となることは受容器を通過したり、神経システムの中に入ったりすることができないとしていた。

この感覚論は、動物は外界の特徴ではなく、神経やニューロンの質を知るのであるから世界を不完全にしか知ることができないということを仮定していた。この仮定が、感覚の原因となったことは演繹されなければならないという結論を導いた。


知覚は感覚を(知覚者の内部過程で)間接的に加工(推論、演繹、統合など)して得られるとする間接知覚論の仮定は、この教義に由来している。これまでの感覚心理学では感覚間相互作用の研究はあまり行われていない。その理由の一部は上記した枠組みの3つの仮定それぞれによるだろう。感覚刺激と専門的に対応した一定数の受容器の存在の仮定、その働きを限定したものとする仮定である。

そこでは知覚は元来、内的な連合によって達成されることであるとされ、内的の過程である連合は、高次過程であるとして感覚研究という枠には入れられなかった。例えば「丸い」という視覚と「ざらざらしている」という触覚を連合(統合)して、対象が「リンゴ」か「ボール」かを識別するのは高次の推論過程であるとされた。


事物の知覚における視覚と触覚との優位性(視触間葛藤)についての研究などが行われてきたが、それは視覚と触覚が感覚事態でどのように相互作用するのか、ということを問うたわけではなく、高次過程においてどのような選択が推論のために進行するのかという点に焦点を当てていたわけである。

2−7−2 直接知覚論とその枠組みでの相互作用の議論

直接知覚論は、知覚への潜在的刺激作用としての動物周囲のエネルギー流動に、周囲に在ること、周囲で起こったことをユニークに特定する構造が存在すると仮定している。この枠組みを創始した

J.J.Gibson は「知覚の器官が探索するならば、そのときの受容器からの解剖学的な投影は通常の知覚のプロセスとはまったく無関係である」、「動きまわる頭の、動きまわる眼の神経入力は、神経束によって興奮させられる神経細胞の解剖学的なパタンと考えることはできない。このパタンは時々刻々と変化する」、「ミューラーが言ったように私たちは神経の状態を意識することもあるが、発火している特定の神経とは関係なく、興奮の原因を特定している入力のパターンや変形を意識することの方が多いのである」と述べ、2─7─1に紹介した伝統的仮説を批判した。

(1)
 知覚システム

彼は固定した数、専門の受容器、そして外界ではなく受容器の状態を特定する働きが想定されていた感覚に代えて、数は固定されず、外界との対応に専門性がなく、それ自体の働きを特定することが不可能なほど縦横に組織化する「知覚システム」の探索の結果獲得されるのが知覚であるとした。彼は知覚システムはいくつものレベルで記述できると述べている。

例えば受容細胞はいくつかの受容ユニットにまとまっているが、受容ユニットはエネルギーが与えられたときには既に存在している一連のインパルスを「変調」している。受容ニューロンの末梢における発端部は鬱蒼と茂った森の樹木の根のように交錯し合っており、受容ユニットは解剖学的な単位ではなく機能的な単位である、受容ユニットは、与えられたエネルギーの量の関数ではなく、エネルギーの変化(継時性)、あるいは関係(隣接性)の関数によって入力を修正する。


受容ユニットが登録するのは、刺激作用のエネルギー量ではなく、刺激作用の時間的な順序や空間的な配置がもつ「情報」であると述べている。同様な議論はより大きなシステムにも拡張された。例えば視覚システムについては「一つの眼球は、すでに網膜像を鮮明に調節する水晶体と、光の強度を最適にするための瞳孔をもつ器官であるが、それらは低次のシステムである。

この眼球に筋肉が付いたものが高次のシステムである。それは内耳の働きによって、動く頭部のなかにあっても環境に対しては安定しており、環境をスキャンすることができる。二つの眼が一緒に働くとさらに高次な二重のシステムができる。・・・両眼と頭と身体からなるシステムは、姿勢の平衡や移動とともに働くことで、世界を歩きまわり、すべてのものを見ることができるのである」と述べている。


1) 不変項(情報)

直接知覚論では、動物は周囲の包囲エネルギー流動から環境の事物をユニークに特定する「情報」をピックアップするとしている。情報とは「刺激の中の変わらない性質」(不変項)であるとされる。Gibson は「受容器には測定できる閾値があるが、知覚システムは受容器に依存しているにもかかわらず固定した閾値をもっていない。(感覚受容器に働く)刺激エネルギーは強度や周波数などの単純な次元で変化するが、(知覚システムが利用する)刺激情報は物理的な測定法ではそのすべてをあつかえない無数の複雑な次元で変化する。

動物は環境の中の変化と永続的に不変な性質の両方を知覚している」、「知覚のための自然な刺激には以下のような性質がある。ひとつは、自然な刺激には常にある程度の隣接性があることであり、また常に連続性があることである。だから自然な刺激には常に不変と変化の要素がある。

1、刺激は常にある程度の隣接性をもっている。刺激は「空間」のなかで同時的な構造やパターンをもっている。皮膚にあてられた鋭い棒や網膜に届いた細い光線は、境界や変わり目をつくり出すのであり、数学的な点をつくり出すのではない。

2、刺激は常にある種の連続性をもっている。刺激には「時間的」な構造がある。刺激には始まりを示す変わり目と終わりを示す変わり目がある。自然な刺激とは数学的な瞬間ではない。刺激には、同時的な構造があるのと同じように、必ず継時的な構造がある。3、結果として、刺激は常に不変と変化の両方の要素をもつことになる」と述べている。

(2)  5種の知覚システム

Gibson は環境への注意のモードとして5つの知覚システムについて考察した。それを以下に紹介する。

1)
 礎定位システム

上下左右方向、持続する加速度と、一時的な加速度、「回転」加速度、すなわち転回、動物自身の押力、つまり自発的な移動の開始と停止を特定する情報をピックアップする。原始的な「平衡胞」から進化した前庭などがそのシステムである。

1)     聴覚システム

包囲場の振動の二つの性質をとくに利用する。一つは音源から生ずる振動場の同心球状の振動波で、これを「波面」とよぶ。第二は音源と知覚者を結ぶ半径にそって存在する周波数の混ざりあった波の列、「波列」である。Gibson は「波面と波列は聴知覚のために重要な生態学的事実である。波面は音源の方向に特定であり、波列は音源での機械的乱れの種類に特定である。

波列は振動事象に対して二つの点で特定である。一つは振動事象の周波数の混合が波列の同時的な周波数の混合にそのまま再現されている点( 例えば,口笛対がらがら声)で、二つは事象の時間的推移が波列の刻々とした系列としてそのまま再現される点である。周波数スペクトルと時間的経過だけは、距離が変化しても不変である。音の際立った特徴はすべてこの二つの変数の中に含まれる」としてい

2)  触覚システム

このシステムは「特殊な弾性体の変形」を情報としている。情報となるのは圧力の差である。「休んでいる動物の一方の表面は地面によって変形され、もう一方の表面は変形されないままである」。これが環境に対して身体を位置づけ、物に定位する情報となる。Gibson は古典力学の一分野「接触力学(contact mechanics)」が記述してきた回転、すべり、摩擦、振動、曲げ、ねじり、伸張など、衝突によって起こる多様な現象が「動物と外的な物体との力学的な遭遇においても適合する」と言う。

「動物は粘性体,あるいは粘-弾性体であるので、動物に生じる現象は時間的な変形によってもっとも適切に記述される」。動物が事物に触れることで生ずる粘─弾性体の変形は複雑である。従来触覚は筋感覚、痛み、温、冷、圧、関節覚、筋運動感覚などと小分けされてきた。接触によって生ずる感覚を局所の経験に限ろうとする伝統をGibson は批判する。

第一に、触覚システムが、皮膚のみならずその付属器官を含んでいるという点にある。「人間においてさえ、皮膚は毛がはえており、指にはツメがある。他の哺乳動物は毛皮でおおわれ、特殊化したツメやひづめがある。鳥の皮膚は、主として羽の柄の基部である。したがって「触ること」は、非常にしばしば付属器官が媒介する皮膚への間接的な機械的擾乱である。

個体と環境の実際の接触は付属器官の先端で行われるのであり、その基底部でではない」からである。触覚システムは、厳密には伝統的に考えられてきたような近接感覚(proximity sense)ではなく、棒や杖など人工物の先端の接触で、周囲を検知することと同じことをやっている。道具の使用は、この付属器官による知覚的能力に基礎を置いている。第二に、身体は多様な階層からなる。

「いかなる骨の動きも,そのすぐ内側の骨の動きにかかわってしかありえない。(上腕の)運動は肩での粗大な動きから、指先でのわずかな動きまで階層を成し後者は前者に依存している。末端に至るまでの身体のすべての骨の角度位置は、身体の枠組みに文字通り結合して重力の方向や地面の平面に係留している」。


したがって「あらゆる瞬間におけるすべての骨の配置は、環境のより大きな空間における枝分かれしたベクトル空間のようなものとして考えることができる。それは身体の主軸に対するすべての関節の角度のセットによって特定することができる」。

Gibson によれば身体は環境に位置づく「関節角度セットの枝分かれしたベクトル空間」である。ここに皮膚による接触が位置づくことによって環境の表面のレイアウトと、身体を構成する多種の下位部分の位置取りとが一体に知覚される。


Gibson は触覚知覚を可能にしているのは関節による「幾何情報」と皮膚の「接触情報」の「ある不変な組み合わせ」であるという。「どの一瞬でも,関節からのオーケストラのような入力が、脊椎、頭部、重力方向に対する一セットの骨の方向を特定する・・・骨と手足は環境とリンクしているのである。またあらゆる瞬間で,皮膚からの入力の全体は、同様に触れている表面との接触のパターンを特定しており,そのうちの一つは常に支持表面である。したがって,皮膚もまた,この同時的なパターンによって環境と結びついている。

皮膚との接触のパターンにおけるあらゆる変化は、枝分かれした骨での変化と共変し、随伴している。共変する神経入力は,共変を作り出す二つの入力のどちらとも違っている」。運動は皮膚の運動感覚と関節の運動感覚の両方を生じさせるが、それらが一緒になると、それぞれ単独の運動以上の意味をもってくる。「それらの間の独特の不変な統一体が,表面の独特な外的配置を特定する」と述べる。Gibson は接触にかかわるいくつかのサブ・システムを指摘した。


一つは関節や筋肉の運動なしに働く、皮膚とその深部組織による皮膚タッチ、第二が皮膚と深部組織が関節の動きとともに働くハプティック・タッチ、第三が、皮膚と関節と筋が組合わさって働くダイナミック・タッチである。ダイナミック・タッチについては1980 年以降アメリカのコネチカット大学の知覚の生態心理学的研究センターで精力的な研究が行われており、手のダイナミック・タッチによる剛体の長さやかたちが知覚されうること(視覚なしで)、その際、情報となるのは慣性テンソルの固有値であることが明らかにされている。

この事実は(指を構成する一つの関節の長さに対応する)数センチの短い棒でも、(脚や胴体に対応する)1メートルを越える長い棒でも確認されている。また棒の種々の部分を摘んだ時、摘んだ両側の長さそれぞれと棒全体の長さが同時にしかし独立して知覚できる。


これらの棒の性質を特定する情報が独立した慣性テンソル固有値であることに由来する知覚の「選択性」の事実である(佐々木・三嶋に詳しい)。これ以外にも、血管の拡張や収縮と皮膚刺激の組み合わせでの接触での温度知覚のシステム、前庭受容器と関節と皮膚からの入力が共変する定位のためのタッチなどがある。

3)嗅覚─味覚システム

動物は二つの方法で周囲と化学的に接触している。一つは環境の化学的放散場を利用する方法である。化学的放散場を構成する揮発性物質は、それのソースに対して特定的である。「火に対する煙とちょうど同じように、麝香臭はスカンクと対応している。

あらゆる動物は、動物の一部分を元にする蒸気の雲の起源である」。動物も植物も「アイデンティティを散布」しており、そばにある放散の雲を吸うことで、それがどのような化学的出来事か、同種か、捕食者か、異性かを嗅ぎ取ることができる。

第二の方法は物質と直接接触する方法である。直接的な接触はきわめて選択的である。「動物は環境と不連続である.動物は何を取り入れ,何を同化するかに関して高度に選択的である。動物種それぞれには、世界に、その動物を養う、あるいは必要のない一式の自然物質がある」。直接的接触の方法が「物体の性質を確かめる多くの方法の中で最良かつ最終的なものである」。そのために進化したのが「嗅覚─味覚システム」である。


このシステムが知覚する性質には特徴がある。「原始的な生物であるカブトガニを装置に固定し、甘味、酸味、塩味、苦味と呼んでいる種類の化学物質の水溶液で化学受容器を刺激しても受容器は強く反応しない。しかし、ハマグリからの抽出物は激しい活動を生じさせる」。動物は栄養学が抽出したとする味の要素よりも、何が混合しているかわからない自然な物質の識別に優れている。化学における「化合物」は合成したり再生産したりすることができるが、自然混合物を化学者が再生産することはできない。

「有機体への薬物の効果の研究は,薬物は本質的に分子であるという原理のもとで成功裏に進歩してきた・・・、嗅覚と味覚の研究は同じ原理のもとに進んできたがほとんどうまくいかなかった。光の波長とその色を相関させたり、音の周波数とそのピッチを相関させることができるのと同じようには、分子の原子配置と化合物の香りや味を相関させることはできない」。

したがって嗅覚─味覚システムが識別している匂いや味は純粋な化学物質ではなく、化学者が混合物あるいは複合物と呼ぶものなのである。おそらく「情報は、混合物の中の化学物質そのもののプロファイル,つまり相対的な比率にあり、化学分子それ自体にはない」とGibson は述べる。混合物とその揮発した物には特殊な関係がある。実験室で扱うような化学物質とその蒸気あるいは水溶物との間には同一関係がある。

しかし「香りはそのソースを特定するが,それと化学的に同一ではない。「食べ物の風味のある汁は,食べ物そのものであることなしに食べ物を同定する」。この「引き出されたものがそれを引き出した元とは違う」がしかし対応しているという関係は「新しい種類の化学、すなわち価値を認識し、単に受容器が化学的に興奮するという問題に代わって刺激情報の問題を考慮する化学」、その領域を名付けるとすれば「生態化学(ecological chemistry)」とでも呼ばれるだろう領域の課題であると

Gibson は述べた。嗅ぐ味わうシステムは化学物質ではなく、化学的な「価値(アフォーダンス)」に同調しているのである。嗅覚─味覚システムの受容器と神経はつながっている口鼻腔の中にあり、揮発性と溶解性についての異なる受容器がある。解剖学的には口には複雑な筋肉組織があり、唇、顎、歯、舌、口蓋という多重な機構を含んでいる。


二つの化学受容領域は口腔と鼻腔にあり機械受容器はほとんどどこにでもある。それらのすべてが同一の知覚システムに組み込まれている。Gibson は口に入った物質の利用可能な情報の暫定的なリストとして、「溶液」、「揮発性部分」、「相対温度」、「表面の肌理」、「コンシステンシー」、「かたち」、「大きさ」、「比重」、「まとまりの度合い」もしくは「粒度」を上げている。「受容器は口の活動によって共変させられるので、すべての情報は同一の物質を特定し、入力はすべて相ともなう」。噛むことはのみこむためだけではなく、液体と芳香を解き放つので探索的である。

2)視覚システム

Gibson は生涯の大部分を生態光学を完成させることに費やした。視覚システムのついての議論は他のどのシステムよりも精緻である。Gibson 以前の光学の歴史には大きな転換があった。それは、大まかにいえば対象の形態的特徴を保持した像が眼にそのまま入るという主張から、像の存在を否定し光のエネルギー(刺激)以外には何も眼に入ってこないという主張への転換であった。Gibson は後者、近代光学を主張したケプラーやデカルトと同様に、対象がコピーやレプリカをすべての方向に送っているという古典的(アラビア)光学の考えを棄却する。

そして同時に眼に入力されるのがそれ自体は無意味な光線にすぎないという、近代光学の帰結も棄却する。Gibson の光学を生態光学という。Gibson は環境にある何かを特定するために光には情報があるとする。情報としての光を考える第一ステージは光源からの放射である。この情報をピックアップするためには分光器のような特殊な装置が必要であり、動物の眼はこれができない。したがって放射光は動物にとって情報とはならない。

第二ステージは表面からの光の散乱反射である。環境にあって物質と媒質の界面を表面とよぶ。表面の微細構造の布置にしたがってビームは様々な方向に散乱させられ、面が向き合って配置されているとき、散乱は多重の反射あるいは残響を引き起こす。この状態を環境が照明されていると言う。照明によって媒質中のあらゆるところで交差する光線束が構成される。


つまり媒質中のあらゆるところはあらゆる方向からの光によって取り囲まれていることになる。この光を包囲光という。照明された媒質中には無限の密度をもつ光のネットワークが形成されていることになる。このように照明された媒質は収束する光線によって密に埋められている。

この収束光の集合にはある特徴がある。それはどの収束も独自であり他と異なる。したがって収束の集合も独自であるということである。つまりある位置の光線束はそこにしかなく、ある部屋の光線束の集合はその部屋にしかない。同様に隣会う光線束のある方向への連なりは、その移動経路に独自である。

つまり環境における特定の位置、場所、移動経路が包囲光の集合によって光学的に保証される。これが光の第三ステージある。この光はコピーではない。そしてただの点でもない。媒質のどこにでもある光であり、媒質のあらゆるところの性質をそこにあることでそのまま特定する光である。


生態光学が基礎にするのはこの包囲光である。包囲光は放射光と異なり動物がその位置にあることを、その場所にあることを、それを含む連なりを移動経路として利用しうるための情報を潜在させている。包囲光は表面のレイアウトに依存して配列(構造)をもつ。これが第四のステージである。それは表面が包囲光に投射されたパースペクティブに対応している。長さのレベルでの環境の構造が、角度のレベルでの配列(立体角)の構造に対応する。

重要なのは表面のレイアウトがある観察点に投射されてできる包囲光配列を区切る角錐の境界線は、光のビームを線に縮めて表したものでは

ないということである。それは「光線の集束の間の境界であり光子の通り道ではない」。それは関係である。したがってこれらの線はエネルギーの表現ではなく情報の表現である。包囲光配列の変わり目は刺激ではなく情報である。

この変わり目は隣接する二つの表面の構成要素や色素のことなり、反射率の異なり、つまり色の違いによって補強されている。ここに観察者が登場したのが第五ステージである。観察者が動けば配列は変化する(ステージ6)。包囲光配列を構成するあらゆる立体角は変化する。配列の肌理の要素が置き換えられる。観察者が動くときの包囲光場の変化の全体は大域的な運動視差を表現する。

これを運動パースペクティブとよぶ。部屋の表面の傾きは、光学的な肌理の流動速度の連続的な勾配によって、部屋の表面のへりは光学的な肌理の流動の非連続性によって特定される。光学的な非連続性は、環境の表面の分離と対応している。

運動パースペクティブには周囲の環境の配置についての情報がつめこまれていることになる。それには観察者自身の動きを参照する情報が含まれている。包囲配列で起こる光学的運動(ステージ7)は物の運動とは本質的に異なる。物の運動が質量と慣性をともなうのに対して、光学的運動はともなわない。

しかし光学的運動は物の運動を特定する。眼のそばで起こっていること(光の変化)は、遠くで起こっていること(物の変化)とは異質であるが、それを特定する。剛体の変形はすべてパースペクティブ変形、非- 剛体運動と対応する形態の変形を非-パースペクティブ変形と呼ぶ。

両者の違いは、前者では後者よりも形態の特性のより多くが不変のままであることに由来する。変化の中であらわれるある不変項によって運動している物の剛体性が特定され、それが不在であることが物が弾性体であることを特定する。「変化の間にも持続する非─変化」が知覚にとって重要な情報となる。光学的情報の最大のものは動的遮蔽とへりの情報(ステージ8)である。

上述した剛体性や非剛体性を特定する変形には、光学的肌理の変化がともなう。配列の進行方向前の境目では拭い去り(wiping-out)が、後ろの境目では現れ(unwiping)が、形態の側面の境目では剪断(shearing)が生じる。これが動的(kinetic)」遮蔽である。動的遮蔽情報によって表面の後ろの表面の存在、すなわちそこに隠された表面がありつづけることが特定される。

「ものの後ろにあるものを見るということは、パラドクスではない。それを特定する情報があるからである」。包囲光という事実、そこに潜在している情報についての議論の結びにギブソンは「光学研究者のための覚書」と題して、「今日存在する知識の混合体として現代光学を学んできた者は誰でも、ここで生態光学と呼ばれているものに対して混乱を覚え恐らくは怒りだすことだろう。


実際、そのような確立した学問領域は存在しない。しかしそれは物理光学、照明工学、生態学、パースペクティブ幾何学などの知見を合わせて、視覚の科学の新たな基礎となろうとしているのである。・・・光学は視覚の科学であって、光の科学なのではない。・・・神経システムに知覚を説明するすべての重荷を負わせるのではなく、ぼくはこの重荷の一部を光そのものに割り当てようと考えている。生態光学とはそのようにするための、ぼくなりのやり方である」と述べている。

1970 年以降、光学的流動に、観察者に対して対象が等速で接近してくる時、観察点と対象とが接触するまでの残り時間が、τ=φ/dφ/dt(ただしφは剛体面上の互いにごく近い二つの点A,Bと、観察者の眼Oとがなす角AOBの角度)という光学的に利用可能な変数として特定されるという事実がイギリスのエジンバラ大学のLee らによって示された。これは接触の切迫度を予期的に示す情報であり、多くの動物(鳥など)によって共通して利用されていることが明らかにされた。

τの時間的変化率(τ?dot)が接触の安全性と危険性(例えば「柔らかな着地」か「激しい着地」か)を示す情報であることも示されている(佐々木・三嶋に詳しい)。

(3)   直接知覚論における感覚間相互作用についての議論

等価性・冗長性:感覚は意識の質によって分類されてきた。知覚システムは活動によって分類される。知覚システムは5種に分類されたが、これは動物が、聴く、触る、臭いを嗅ぐ、味わう、視るといった方法で、身体の知覚装置を世界に定位づけているということを意味している。それらは注意のモードである。

5 つのモードは境界づけられていない。「知覚システムは相互に排他的ではなく重複して、しばしば同じ情報に焦点をあてる。すなわち同一の情報は、単独ではたらく知覚システムによっても、協同してはたらく知覚システムの組み合わせによってもピックアップすることができる」。


「他のシステムがピックアップするのと同じ情報、つまり冗長な情報をピックアップするシステムもあれば、そのようにしないシステムもある」とGibsonは述べている。多種の知覚システムの冗長な働きについてGibson は好んで火をあげた。「火は音、臭い、熱、光を放つので、4種類の刺激作用の源であると言える。

それはパチパチ音をたてたり、煙をだしたり、赤外線帯を放射したり、可視帯で放射したり反射したりする。それとともに火は両耳、鼻、皮膚、両眼に情報を提供する。パチパチいう音、煙の臭い、放射される熱、メラメラと放射される色づいた炎のすべてが同じの事象を特定し、また、個々のものも単独で同じ事象を特定している。

人は火を聞くことも、嗅ぐことも、熱を感じることも、見ることもできるし、また、これらの探知のどのような組み合わせもできるが、このようにして、火が知覚される。火という事象に関しては、4種類の刺激情報と4つの知覚システムは「等価」である」とされた。システムの多重性の指摘は、これまでの感覚間関係論を枠づけていた「連合」の議論とは異なる。

「通常、視覚は触覚による確認を必要とすると考えられているが、ここでの理論によれば、このようにある感覚が他の感覚によって「確認される」必要はない.普通は、視覚の感覚作用は触覚の感覚作用と連合することで、客観的な意味を得ることができると考えられているが、ある感覚が他の感覚から意味を得る必要はない。ある情報のチャンネルが他の情報のチャンネルよりも本質的に信頼しうるということはない。

石の存在は、それを見るよりも蹴ることによってより保証されるわけではない」、「もし火の知覚が情報を単にピックアップすることであるならば、どのシステムが活性化されても、意識される感覚作用は同じではないにしろ、「知覚」は同じとなる。もし、すべての知覚システムが活性化されるならば、情報は冗長となる。この理論では、知覚の問題は、どのように感覚作用が連合するかではなく、‘火を特定する音、臭い、暖かさ、光が、どのようにして火を特定しない他のすべての音、臭い、暖かさ、光から区別されるか’という」それだけの問題となる。

共変:複数の知覚システムは冗長に働いているだけではない。二つ以上の知覚システムに変化が共に起こることを、Gibson は「共変(covariation)」とよぶ。物との接触は、皮膚と関節にそれぞれ変化を起こすが、二つの変化が一つになると、それぞれが単独で起きた時の変化以上の意味をもつことになる。知覚システムの共変が情報になるということは、基礎定位システムの働きを考えるとよくわかる。


すべての動物の基礎定位は平衡胞(前庭)のみではなく皮膚によっても媒介されている。皮膚は接地する固い面によって変形されるが、図に示したように、「地面が水平であれば,皮膚に抵抗する力は平衡胞の内側にある平衡石の力とは逆方向に向かい・・・どのような姿勢をとろうと、たとえ転がろうと、重力とそれに抵抗する床面の力は一致している」。一方、床面が水平でない場合は「床面の抵抗力はもはや重力と平行ではない。このズレの角度が大地の傾きである」。

システムに起こる変化同士が同時であるか、それにズレがあるか、ということが情報になって、地面の傾斜を特定する




図 2-34 平衡胞と接触システムの共変Gibson 1966 より)

平らな地面(左)と傾斜する地面(右)

基礎定位システムと共変するのは皮膚の変化だけではない。空からくる光の入射角や、水平線の視えが、平衡胞の変化と関係する。したがってどんな場合でも、動物が基礎定位のために利用している情報は、単独のシステムの働きを越え、複数のシステムの共変がもたらしている。

知覚においては情報の複雑な「組み合わせ」が情報となるという指摘はGibson の著作の方々にある。生態光学は、包囲光配列に投射される表面についての理論を基礎にしていた。

表面にはいく種もの情報がある。表面のかたちを特定する「レイアウト」、変形に対する抵抗である「粘性」、崩壊に対する抵抗である「凝集性」、「きめ」、「きめと反射率(通常の意味での色)」とが共変する生態学的な「色(それはたとえば老化や風化や錆具合を特定している)」などである。重要なことは、これらが、一つの表面にすべてあることである。


動物が一つの表面を知覚している時には、これらの情報のすべてが関係し、共変しあった一つの情報を利用しているのである。視覚システムが光の中に意味を視るということは、一つの表面のレベルでも、このような多種の情報に「折り合いをつける」ことである。

あらゆる知覚行為には、複数の知覚システムが同時に関与している。知覚システムが独立して働く場面はじつはまれである。知覚システムがピックアップする情報は、異なる形式のエネルギーを横断する、それ自体一つの還元不可能なパタンであり、そのユニークなパタンは複数の知覚システムの連関としてだけ記述できる可能性がある。

共変の具体的例としては足の接触覚と前庭感覚、さらに視覚が一体となって進行する姿勢制御のような事例をあげることができる。この場合には、行為にともなって生ずる平衡の崩れの知覚は多種の知覚システムの共変として知覚されている。バランス(崩れと立て直しの過程)は、重力方向と異なり、共変によってしか知覚できない行為─環境系の事実である。どの領域でもこの種のタスクが発見され基礎的な研究が行われる必要がある。


(4)  直接知覚論における感覚間相互作用の議論の含意

本節の後半で述べた直接知覚論における「感覚間相互作用」の議論は動物周囲のエネルギー場の構造とそれを特定する身体の系との関係に焦点を当てた議論である点で、従来の感覚の議論とは異質である。

しかしこの直接知覚論に立てば、例えば障害を得ること(視覚障害や聴覚障害)は、決定的で回復不能な欠損ではなく、使用できなくなった流動場(光学的、音響学的流動場)の性質を他のエネルギー場で代替することで、ほぼ同一のリアリティに接近できる可能性を示唆しており福祉社会における他者コミュニケーションの多能性について重要な観点を提示している。

共変の議論は、感覚間の相互作用がズレを中枢で埋め合わせるというモチーフではなく、知覚が元来、諸感覚の統制(調整)であるということを含意しており、感覚間の関係の議論に一石を投じている。

【参考文献】

(1)本稿が紹介したGibson の議論は、Gibson,J.J.(1966)‘The senses considered as perceptual systems' Greenwoodpress,publisher(westport,connecticut)にある。

(2)生態光学については、Gibson,J.J.(1979)‘An ecological approach to visual perception'LEA 『生態学的視覚論』古崎敬ら訳 サイエンス社に詳しい。

(3)ギブソン派知覚システム研究の最新の成果のいくつかはは、『アフォーダンスの構想─知覚研究の生態心理学的デザイン─』佐々木正人・三嶋博之編訳東大出版会2001 年

(4)共変についての議論はStoffregen,T.A.& Bardy,B.G.(in press) On specification and senses. Behavioral and BrainSciences. で展開されている。




2−8 海外における研究動向

ここでは特に、米国の公的機関を中心に、海外における五感情報通信技術に係る研究動向についての主要な事例を述べる(詳細については、付録2「海外の公的機関における五感情報通信技術に係る研究開発動向」参照のこと)。米国における五感情報通信技術に係る研究を実施する主要な公的機関としては、以下の5 機関が挙げられる。


DARPA DSO(Defense Sciences Office):http://www.arpa.gov/

NASA:http://ic.arc.nasa.gov

NIMH(National Institute of Mental Health):http://www.nimh.nih.gov/

DoE(Department of Energy(のうちOffice of Biological and Environmental Research)):http://www.er.doe.gov/
 NSF(National Science Foundation):http://www.nsf.gov/

これら機関での五感情報通信技術に係る研究は、複数年にわたるプロジェクトにおける活動テーマの1つとして行われている場合が多い。特に近年では、地雷検知/除去などの危険物処理への嗅覚技術の応用や、神経科学者と情報科学者の協力による脳の研究を含めた研究をはじめ、様々な研究が活発に行われている。視覚、聴覚については、視覚と聴覚を組み合わせたシステムなど仮想空間での協調操作への適用を目指したVR 関連の研究が多く行われている

2000年のCDN(Content Delivery Network)のサービス開始に伴い、QoS 制御、キャッシング制御、ミラーリング、通信帯域の保証制御などの通信技術に関する研究も活発になってきている。触覚については、危険物処理などのロボットによる遠隔操作、外科トレーニングのための仮想外科手術、協調作業などVR 関連の研究を中心に研究が進められている

味覚、嗅覚については、生理的メカニズムについてはまだ解明されていない部分が多い。味覚については、遺伝子工学および分子生物学の研究手法による生物メカニズムの解明が進んできている。嗅覚については、「ElectronicNose」をキーワードに嗅覚ニューロンの仕組みを利用した化学センサの研究、化学戦や地雷検知などの軍事への応用だけでなく、大気変化のモニタリングへの応用などの研究が活発に行われている。

EU については、6th Framework Programme における7 つの研究領域の1 つであるInformation Society technologies の活動テーマの1 つとして言語、ゼスチャーおよび様々な感覚、仮想環境によって人間の自然な表現を理解し解釈することができる多感覚のインターフェイスの研究(「Informationmanagement and interface」)が取り上げられている。

6th Framework Programmeの研究構想は、2001 年2 月21 日にEU 議会に対するプロポーザルが公表された段階であり、2002 年から2006 年までの5 年間の実施が予定されている。


第3章 五感情報通信の実現イメージ

3−1 五感情報通信に対するニーズ

情報通信技術による視覚情報および聴覚情報の伝達は、日常的に行われている。しかし、そうした場面の多くは、視覚情報と聴覚情報以外の感覚に係わる情報が伝達されることにより、より自然なコミュニケーションがなされる可能性がある。さらには、社会の多くの場面において、五感情報の伝達に対するニーズが存在しており、五感情報通信技術が確立されることにより、経済や社会に大きな変革をもたらすことが想定される。本節においては、五感情報通信に対するニーズに関し、分野横断的な視点を列挙する。

(1)  五感情報の統合化に関する情報通信技術に対するニーズ

人間の感覚体験においては、個々の感覚モダリティ毎の感覚体験が脳機能により合成されるだけでなく、感覚モダリティ全体の感覚体験を、個々の感覚モダリティ毎に分けることは不可能である。これは、ある種の刺激は複数の感覚器官に同時に作用すること、および刺激が無い場合でも感覚体験が形成されることがある等の理由による。こうした五感情報の統合化に対するニーズは、他人との感覚体験の共有化というキーワードにより具現化することが可能である。

例えば、医療において、傷病に伴う統合化された感覚を患者から医者に正確に伝えることにより、医者は適切な診断および処置を施すことが可能となる。また、福祉場面において、老人や身体障害者が、統合化された感覚を介護者に正確に伝えることにより、介護者が身体障害者の身体の状況を的確に把握可能となり、迅速かつ効率的な介護を行うことが可能となる。

さらには、映画等において、登場人物の感覚体験全体を、特殊感覚と一般感覚を通じて、視聴者も共有することにより、現在の映画鑑賞よりも自然な鑑賞形態を実現することが可能となる。

(2) 感覚のトランスファに関する情報通信技術に対するニーズ

人間は、全ての感覚モダリティによる感覚体験の下に、日常生活を積み重ねている。視覚障害者や聴覚障害者等の特定の感覚モダリティを有しない人々は、自らが持つ全ての感覚モダリティにより感覚体験を構成している。こうした人々にとっては、視覚情報や聴覚情報等は、それぞれ常に欠如した状況であり、視覚情報や聴覚情報でしか獲得できない情報の存在は感知できない現実が存在する。

そのため。視覚障害者にとっては、視覚情報がリアルタイムに他の感覚に係わる情報に変換される技術により、健常者と同等の情報を獲得できる可能性が生じる。

また、聴覚障害者にとっても、聴覚情報をリアルタイムに視覚情報に変換し提示可能となれば、生活上の利便性は飛躍的に向上する。また、健常者においても、自動車運転中にカーナビ等のディスプレイを凝視することは危険であり、視覚情報を聴覚情報に変換可能になれば、安全な運転を行うことが可能となる。


(3)  視覚・聴覚以外の感覚モダリティに係わる情報通信技術に対するニーズ

現状の情報通信技術においては、情報の伝達は、視覚・聴覚を刺激する情報の伝達に大きく偏向している。上記(1)で述べたように、人間は全ての感覚モダリティによる感覚体験の中で生活を営んでおり、情報通信技術においても、できる限り多くの感覚モダリティに係わる情報を伝達することが望まれる。

例えば、遠隔監視において、匂いを感知することが可能になれば、危険状態の把握が円滑に行うことが可能となる。また、手術において、患部の微妙な触感を遠隔地に伝達可能となり、かつ遠隔地から患部に対する精密な働きかけが可能となれば遠隔手術実現の可能性が高まる。

さらには、料理において、味をセンシングし、さらに再現する技術が確立されると、料理の教材が味を含んだものとなり、また上手な料理と自分の料理の味を比較することが可能となる。このように、視覚・聴覚以外の感覚モダリティに係わる情報通信技術の実現により、医療・福祉、教育、危険作業、エンターテインメント等の分野において、大きな変化が予測される。


3−2 五感情報通信の実現イメージ

3−2−1 五感情報通信の類型化

五感情報通信を検討する際、ニーズ面から、統合化、トランスファ、多様な感覚チャネルへの展開がキーワードであることを、先に述べた。こうしたニーズを具現化する場合、様々な類型が想定可能である。情報通信技術の現状と将来の進展、生理学・心理学の現状と将来の進展等を加味した上で、以下のように類型化した。

(1) 環境を共有する通信

「環境を共有する通信」とは、現場における感覚体験を、情報通信技術により、時間と空間を越えて忠実に再現することを目的とした通信である。システムは、センシングデバイス、通信路(蓄積装置が設置されることもありうる)、再現デバイスから構成される。

センシングデバイスは、現場に存在して、感覚器官が感知する全ての刺激をセンシングし符号化する。通信部分は、圧縮等を施して伝達を行う。再現デバイスは、符号化データを基に、物理的方法または化学的方法等により、再現を行う。

現在、臨場感通信に関して研究が行われているが、視覚・聴覚のみに限定されている。この環境を共有する通信は、臨場感通信を五感に拡張したものと捉えることが可能である。環境を共有する通信の実現により、現地でしか得られない臨場感を遠隔地で味わうことが可能となり、遠隔地の人と同じ空間を共有できる。応用分野は、危険箇所の遠隔監視、体験型遠隔教育、仮想旅行に代表されるエンターテインメント等がある。次ページに環境を共有する通信のイメージを図示する。

五感情報通信の実現イメージ(1)

「環境を共有する通信」

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を介して得られる情報を伝達し、相手方の状況を忠実に再現する。臨場感通信を発展させたものを想定する。キーワード:忠実な再現、透過性、臨場感、アソシエーション




(1) 解釈し働きかける通信

「解釈し働きかける通信」とは、現場における感覚体験を、マシンおよび人が解釈し、その解釈を基に、マシンまたは人が命令を発し、現場に対して何らかの物理的フィードバックを行うことを目的とした通信である。システムは、センシングデバイス、通信路、解釈および制御部(コンピュータまたは人間等)、アクション部(ロボット等の物理デバイス)から構成される。

センシングデバイスは、現場に存在して、感覚器官が感知する全ての刺激をセンシングし符号化する。通信部分は、圧縮等を施して伝達を行う。解釈・制御部分は、コンピュータを中心として人間が絡みつつ、データの解釈を行った後、現場に対して指示を発する。アクション部は、現場に存在して、解釈・制御部分により発せられた指示を基に、現場に対する物理的な働きかけを行う。

現在、遠隔制御に関しては、実用化技術を含め様々な検討がなされているが、センシングデバイスおよび解釈・制御部分における五感情報は取り扱われておらず、この部分を拡張したものと捉えることができる。アクション部分に関しては、より現場に即したデバイスの開発が必要である。解釈し働きかける通信の実現により、専門家の遠隔地からの参加が可能となり、特に多くの危険な行為を遠隔地からのみの制御により実行することが可能となる。

さらには、技術の進展により、現場における対象が物だけではなく、人であることも想定できる。応用分野は、遠隔制御が当面のターゲットであるが、センシングデバイス、解釈・制御部分、アクション部分が、多くの感覚モダリティに対応し、現場の状況の正確かつ詳細な把握と、現場における繊細な働きかけが可能となることにより、遠隔手術、遠隔介護等の人への働きかけを行う分野が相当することになる。また、遠隔料理も想定される。次ページに解釈し働きかける通信のイメージを図示する。


五感情報通信の実現イメージ(2)

「解釈し働きかける通信

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を介して得られる情報を解釈・理解して、別な情報に変換して出力する。遠隔制御を発展させたものを想定する。キーワード:対象物への働きかけ、リモートコントロール



(1) 仮想環境を構築する通信

「仮想環境を構築する通信」とは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚その他の感覚モダリティによる形成される感覚体験を蓄積し、コンピュータやネットワークにより構築される場において仮想空間を構築することを目的とした通信である。システムは、@ センシングデバイス、A 通信路、B データベース、C 表現デバイスから構成される。

@ センシングデバイスは、現場に存在して、感覚器官が感知する全ての刺激をセンシングし、仮想空間構築のために必要なデータに関し符号化する。
A 通信部分は、圧縮等を施して伝達を行う。
B データベースは、センシングデバイスから伝送されたデータを中心に、表現デバイスで利用するデータを蓄積する。
C 表現デバイスでは、データベースに蓄積されたデータを基に、個々の業務分野毎に適切な計算を行い、利用者に対して、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚を初めとする多くの感覚モダリティに対する働きかけを行い、仮想空間を提示する。

現状のVR(Virtual Reality)においては、視覚・聴覚を中心として、皮膚感覚・平衡感覚等に係わる情報の提示がなされているが、この仮想環境を構築する通信においては、嗅覚・味覚・その他感覚に対しても情報の提示を行うことを目的とする。

仮想環境を構築する通信の実現により、疑似体験が可能となり、特に、人類が行くことが不可能な場所における感覚体験を模倣できる。応用分野は、仮想旅行等のエンターテインメント分野、特殊作業等の教育・訓練シミュレータ、既に滅び去った文化遺産の再現等の文化活動が想定される。次ページに仮想環境を構築する通信のイメージを図示する。


五感情報通信の実現イメージ(3)

「仮想環境を構築する通信」

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を介して得られる情報を蓄積し、コンピュータやネットワークにより構築される仮想的な場において再構成する。キーワード:シミュレータ、仮想世界

<![endif]>

(1)  五感情報の移行・統合を利用した通信

「五感情報の移行・統合を利用した通信」とは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を介して得られる情報を符号化後、感覚空間における刺激のパターンを意味付けすることにより類似感覚体験毎に整理し、別感覚での再現、別パターンでの再現を行うことを目的とした通信である。システムは、センシングデバイス、通信路、データベース、変換部、表現デバイスから構成される。

センシングデバイスは、現場に存在し、その場の感覚体験に関して、個々の感覚器官に与えられる刺激と、その場にいる特定の人間の有する感覚体験に関する符号化を行う。通信部分は、圧縮等を施して伝達を行う。データベースは、センシングデバイスから伝送されたデータを中心に、表現デバイスで利用するデータを蓄積する。


変換部では、データベースに蓄積されたデータのうち、利用者が指定する意味を有する感覚体験を、適切な感覚モダリティに対して表示可能なデータに変換する。

表現デバイスでは、変換部おいて変換されたデータを基に、利用者に対して、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚を初めとする多くの感覚モダリティに対する働きかけを行う。

こうした五感情報の移行・統合を利用した通信により、個々人の有する感覚体験を扱うことが可能となり、特に感覚間のトランスファを工学的に実現可能となる。

そのため、複数の感覚情報を扱う場合においてはじめて成立する概念であるという点で、前述の(1)〜(3)の実現イメージとは性質が異なるものである。応用分野は、視覚障害者に対する別の感覚チャネルでのナビゲーション等に代表される福祉分野、その他エンターテインメント等である。次ページに五感情報の移行・統合を利用した通信のイメージを図示する。

五感情報通信の実現イメージ(4)

「五感情報の移行・ 統合を利用した通信」

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を介して得られる情報を符号化後、相互作用を解釈した上でのパターン化を行い、別感覚での再現、および受容者の側で相互作用を認知可能な再現を行う。キーワード:トランスファ、感覚統合





3−2−2 具体的な実現イメージ

(1)   医療・福祉

医療・福祉においては、遠隔医療・遠隔手術、および感覚トランスファやパワーアシスト等による障害者の活動支援において、五感情報通信技術に対するニーズが存在する。1) 遠隔医療

医師が患者を診療する場合、患者の顔色や問診を行うだけではなく、脈拍を計る、触診を行う等の行為が重要である。そのため、こうした医師の触覚情報を伝達することが可能になれば、診療行為を遠隔地で行える可能性が生ずる。

このニーズは、離島等僻地における医療の充実につながるとともに、優秀な専門医の診療を多くの患者が享受できることになり、医療全体の底上げを期待できる。また、手術場面においては、視覚を通して患部を感知することに加え、触覚を介した患部の情報、聴覚によるスタッフとのコミュニケーション等が必要であり、これらの情報を五感情報通信として伝達することが可能となれば、遠隔手術の可能性が広がり、診察の場面と同様に、僻地医療の充実および医療全体の底上げを期待できる。




2) 障害者等に対する日常生活支援

身体に障害を持つ人の日常生活を様々な方法で支援する技術が望まれている。例えば、視覚障害者に対しては、視覚情報を他の感覚モダリティに係わる情報に変換して提示し、聴覚障害者に対しては聴覚情報を視覚情報と平衡感覚・皮膚感覚等に係わる情報に変換して提示する五感トランスファによるナビゲーション等である。

さらには、肢体不自由者に対しては、関節の運動や筋の伸張等の深部感覚に係わる補助を行う技術が必要である。こうした五感情報通信技術の開発により、感覚あるいは運動機能に障害を持つ人に対して情報チャネルの代替によるコミュニケーション手段(バリアフリーメディア)を活用し、社会生活における障害を持つ人の情報的バリアを取り除くことができると期待される。また、このような五感情報通信技術を活用した新たな生活支援システムの開発は障害を持つ人のみならず、老人福祉分野さらには一般の健常者に至るまで広く適用可能であることから社会に大きく貢献できるものである。




 (2) 安全・危機管理

人間と同様に視覚・聴覚・嗅覚・味覚・平衡感覚・皮膚感覚等を介した情報をセンシング可能な技術が確立され、人間の意図通りにオブジェクトを制御することが可能な通信が確立された場合、遠隔地における危険の察知、および危険な作業(高所や深海における作業、爆発物処理、原子炉内の作業等)を遠隔地から行うことが可能となる。

こうしたコントロール作業を中心とした五感情報通信技術の開発により、危険作業の負荷を軽減するだけでなく、作業員の配置転換に伴う産業構造の変革をもたらす可能性がある





(3) 教育・訓練

現在、教育・訓練場面においては、情報通信技術は広く利用されている。典型的な例は、運転シミュレータや飛行シミュレータであり、これらにおいては視覚情報・聴覚情報に加え、平衡感覚や皮膚感覚を刺激することが行われている。

これらに、嗅覚や味覚、その他の感覚を加えることによる通信を実現することにより、危険場面等において、より実際の場に近い教育・訓練を実施することが可能となる。

さらには、五感全体により体験可能な博物館(五感ミュージアム)や、動物園、水族館等が構築されることにより、世界中の文化遺産等を、多くの人々が共有することが可能となる。こうした五感情報通信技術の開発により、教育水準の向上、歴史的文化遺産の保存の推進、異文化間の相互理解の促進等が期待される。



(1) 生活・家庭・エンターテインメント

生活・家庭・エンターテインメントの分野においては、五感情報通信技術に対するニーズが顕在化している。近年、様々な料理に係わるコンテンツが放映されるとともに、インターネット上に存在しているが、これらには嗅覚と味覚に係わる情報は付加されておらず、実際に料理に接するには程遠い現状にある。嗅覚と味覚、さらには温・冷等の皮膚感覚が伝達可能になれば、料理や食材を、時間や場所に拘束されること無く、多くの人々の間で共有することが可能となるだけでなく、遠隔地からの調理も可能となる。

また、高齢者から子供にいたるまで世代を超えて感性を直感的に伝達することが可能になる。こうしたヒューマンインタフェースとしての利用は、テレビやインターネット等におけるショッピングにも応用可能であり、商品自体を、買い手が確認することが可能となる。さらには、五感相互間の相乗効果を利用した融合コンテンツの創造による映画の多感覚化や五感テレビの実現シミュレータによる宇宙旅行や飛行体験、映像、音に香り、味、温度を加えた仮想旅行体験等が想定される。


こうした五感情報通信技術の開発により、生活・家庭分野での活用やエンターテインメント産業の大幅な規模拡大が期待される。













第4章 今後の研究課題と目標

4−1 五感情報通信技術の技術開発ロードマップ

第3章で述べた五感情報通信技術の実現イメージを実現するために、今後必要な研究開発課題及びその実現時期について予測し、五感情報通信の実用化までの道筋を示すことを目的として、技術開発ロードマップを作成した。図4−1にロードマップを示す。要素技術については「伝送技術」、「センシング・再生技術」、「ヒトの認知機能の解明」の3分野に分けて予測し、合わせて技術開発全般について予測した。

(1)
  伝送技術
2015 年頃には、五感情報の伝送が限定的に実現する。各感覚情報の各種符号化圧縮技術、伝送プロトコルの基礎的な技術が確立し、各感覚独立では基本的な伝送が可能となる。感覚間の相関・融合を考慮したプロトコル・伝送方式の基礎ができ、五感情報伝送の基礎的な技術が確立する。2010〜2030 年頃には、五感情報の統合的な伝送が実現する

(2) センシング・再生技術
・〜2015 年頃には、五感情報のセンシング・再生技術が実現する。各感覚情報のセンシング、再生(ディスプレイ)の基礎的な技術が確立する。

2015〜2030 年頃には、感覚の相互作用を利用したセンシング・再生が実現する。
・2020〜2040 年頃には、脳への直接アクセスによる五感情報のセンシング・再生が実現する。

(3) ヒトの認知機能の解明
 2030 年頃には、感覚認知の基本的特性の解明の解明
 諸感覚の基本要素が解明され、感覚間の相互作用が解明される。また、覚入力の脳内処理過程が解明される。

(4) システムとしての研究開発ロードマップ
2010〜2015 年頃には、五感情報通信のプロトタイプが実現する。個々の感覚についての通信が実現(センサ・ディスプレイが完成)するとともに、五感情報の統合的な通信が限定的に実現する。

2030〜2050 年頃には、五感通信ネットワークによる五感コミュニケーションが実現する。

2040〜年以降には、脳への直接アクセスによる五感コミュニケーションが実現する




図4−1五感情報通信技術の技術開発ロードマップ

4−2 五感情報通信の実現に向けた個別要素の研究課題

前節で示した技術開発ロードマップを実現するための、個別要素の研究課題について、工学的アプローチ、生理学・心理学的アプローチの2つの観点から整理した。

4−2−1 工学的アプローチ

工学的アプローチの対象となる研究分野は、五感情報通信の構成要素であるセンシング技術・伝送技術・再生技術が挙げられる。現状では、視覚・聴覚については、センシング技術・伝送技術・再生技術の全てにわたり、かなりの範囲まで技術開発が進んでいるが、他の感覚分野については、視覚・聴覚に比べその進展度にかなりの差が生じている状況である。前節で示したロードマップでは、まず感覚毎のセンシング・再生が実現し、五感情報の伝送が限定的に可能になると予測している。

これを踏まえた今後5年〜10年の短・中期的な課題としては、少なくとも感覚毎に、何らかの形の感覚情報のセンシングと、再生技術を完成させ、基本的な伝送技術を開発することが挙げられる。また既にある程度の技術が確立している視覚・聴覚分野においては、更に精緻なセンシング・再生技術を追求していくことが挙げられる。伝送技術としては、各感覚情報の符号化圧縮技術、感覚の特性を踏まえた必要な伝送帯域の確立と、帯域制御等のネットワーク制御技術の開発などが挙げられる。

(研究課題の具体例)

・各感覚の特性に応じたネットワークのQoS 制御、帯域制御技術等の開発

・感覚情報符号化圧縮技術・伝送プロトコルの開発

・触圧覚センサ、ディスプレイ技術の確立

高臨場感立体視聴覚ディスプレイの開発

10年〜20年後あるいはそれ以降の中・長期的な研究課題としては、要素技術の研究開発の進展を踏まえた、各感覚情報のセンシング・再生技術の確立とともに、感覚間の相互作用を実現するディスプレイ技術の開発、センシング技術の開発や五感情報通信ネットワークの各種制御技術の確立、符号化縮技術への相互作用を活用などが挙げられる。

(研究課題の具体例)

・五感情報の統合・同期を考慮したネットワーク制御技術の確立

・触覚、味覚、嗅覚の符号化圧縮技術の確立

・味覚、嗅覚のセンサ、ディスプレイデバイスの開発

脳への直接アクセスによるセンシング

・再生技術の開発


4−2−2 生理学・心理学的アプローチ
生理学・心理学的アプローチの対象となる研究分野は、五感情報の性質や、我々人間が五感情報をどのように知覚しているかといった人間の認知機構の解明、また、感覚間の相互作用の解明などが挙げられる。短・中期的な課題としては、各感覚受容・認知の基本的特性の解明、言語・非言語コミュニケーションの解明などが挙げられる。


(研究課題の具体的例)

・各感覚情報のセンサー・ディスプレイ、通信方式の開発を目的とした、感覚情報の基本的性質を理解するための、各感覚受容・認知の基本的特性の解明

 五感情報が与える心理学・生理学的効果の解明

 五感情報通信への応用を目指した、言語・非言語コミュニケーションの解明中

  長期的な課題としては、五感情報の統合的利用、脳への直接アクセスを目的とする課題が挙げられる

(研究課題の具体例

・五感情報の統合的利用を目的とした、感覚情報の知覚、学習、記憶との照合などの脳高次統合機能の解明

脳への直接アクセスを利用した五感情報通信への応用を目的とした、脳の脳神経系の構築原理の解明



4−3 五感情報通信によるコミュニケーションの実現に向けた研究課題

真のマルチモーダル通信である五感情報通信を実現することによって、現在よりもさらに自然なコミュニケーションや質の高い臨場感をもって情報の伝送ができると想定される分野として、医療・福祉、教育、危険作業、エンターテインメント等が挙げられることは第3章において既に述べたとおりである。

しかし、第2章のMcGurk 効果に見られるような視覚と聴覚の相互作用のように、異なる感覚間の相互作用として複数の感覚が統合された情報を伝達することや、ある感覚を別の感覚で表現するといった感覚のトランスファが実現できるならば、今まで人類が体験したことのない新たな情報通信やコミュニケーションが展開されることになるのは間違いないであろう。

このような五感情報通信技術を活用したコミュニケーションを実現するには種々の課題があるが、今後5年〜10年の短・中期的な研究課題と10年〜20年後あるいはそれ以降の中・長期的な研究課題とに分類して以下に整理する。

4−3−1 短・中期的な研究課題(5年〜10年)

五感のなかでも工学的知見の解明が進み、センシング、再生のデバイスがほぼ完成している視覚や聴覚に対し、触覚、嗅覚、味覚については刺激の性質上、知覚のシステムが非常に複雑であり、センシングや再生のデバイスについてもまだまだ開発途上であるという現状については第1章で述べたとおりである。

そこで、ラジオからテレビジョンの発達の歴史を振り返ってみると今後の研究開発の方向性がイメージしやすくなる。つまり、聴覚情報のみの伝達手段であったラジオに、視覚情報を構成する“明るさ”という質の伝達を追加することを目指してまずは白黒テレビが登場し、次に“色”というもうひとつの質がさらに加わり現在のカラーテレビが開発されてきたといことである。

このように、五感情報すべてを同時に伝えるという点にこだわらずに、視覚情報や聴覚情報に加えて他の感覚情報をひとつでも追加することにより、相互作用の効果により、プラス一感以上の効果が得られる可能性もあり、このような視覚・聴覚といったこれまでの情報伝達に例えば触覚もしくは嗅覚を加えるということを想定した暫定的な五感コミュニケーションの実現を目指すということが考えられる。


これらを踏まえた上で、各感覚の情報を完全ではなく部分的に限定したり自由度を落とすことにより、リアリティの度合いは低いが、既存の技術を駆使して擬似的な五感情報を伝達することはある程度可能であと考えられ、現段階での技術でも何らかのプロトタイプを作製することが当面の研究課題となる。

しかし、プロトタイプとはいえ作製するには、五感の各感覚におけるセンシングの仕組みの解明と、符号化や圧縮技術、伝送プロトコルの開発とそれらを基にした各種感覚センサー及び再生デバイスを実現させるための基礎技術の確立が不可欠であり、感覚メカニズムが複雑で技術開発の進展度合いが

視覚や聴覚に比較して遅れている触覚、嗅覚、味覚といった感覚について、一層の取り組みが重要である。

4−3−2 中・長期的な研究課題(10年以上)
将来的に五感を統合し、統合的なモダリティとしての情報通信を実現するには、まず各感覚での刺激が脳内においてどのように意味づけされているかという点について明らかにした上で、それらの相互作用の過程、すなわち脳の高次機能について解明する必要がある。この点については、視覚・聴覚についてもその他の感覚と同様にあまり解明されておらず、今後の重要な研究課題である。

具体的には、脳内での感覚情報伝達経路、伝達方式及び認知過程(人間が感覚体験に対して意味を付与する過程)の解明と、それらをもとにした感覚の相互作用やトランスファを実現するための五感情報統合符号化技術や五感統合情報の効率的な伝送技術等である。また、感覚の統合や相互作用における感覚間の調和性・整合性や、デバイス開発における工学的プロセスと脳内認知過程の解明における生理学・心理学的プロセスとのマッチングを十分に考慮する必要がある。

さらに、完全な感覚代行を行おうとする場合などには、究極的には脳への直接アクセスにより統合的な五感情報のコミュニケーションの実現に向けた研究開発が必要となってくる。その際、デバイスの形態として侵襲型と非侵襲型とが考えられるが、特に侵襲型の適用については、自然科学の分野にとどまらず、倫理的な議論が必要となると考えられる。これらの他にも将来、五感通信ネットワークによる五感コミュニケーションが実現するにあたっては、今まででは想像できなかったような社会への影響、安全性・信頼性の検証、あるいは新たな規制やルール作りなどが適宜必要になってくる可能性がある。


4−4 研究開発の推進方策
五感情報通信技術の研究開発の推進には、脳内での感覚知覚過程の解明を担う生理学・心理学とデバイスや情報通信の技術開発を担う工学という今まであまり接点のなかった両分野の有機的融合が不可欠である。その結果、ナノテクノロジー(
超精密技術)、バイオサイエンス(生命に関する)等、国家として重点的に進めるべき研究分野に対して多次元にわたる波及効果が期待されるものである。

4−4−1 研究開発推進のための考え方
第3章にも述べたとおり、五感情報通信の実現により教育、医療・福祉からエンターテインメントに至るまで幅広い分野に対して適用が広がり、より豊かな精神生活の創出が期待される。また、具体的な研究開発については脳内情報処理過程の解明をはじめとする周辺領域への貢献等、様々な可能性を秘めている。

ただ、五感情報通信技術についてはまだまだ未熟な段階であり、このような萌芽的で基礎的な研究を支援し推進するためには、関係する機関や関係する研究者を交え、国が中心となって学際的な情報交換の場を設け、継続的に活動を行うことが必要である。この場を活用して、今後も引き続き多分野にわたって密な情報交換を行い、方向性に関する認識を共有するとともに、感覚毎の技術開発の進展度合いに沿った研究を適宜プロジェクト的に推進することが重要である。



4−4−2 研究開発推進のために各研究セクタに期待される役割
現状では、我が国には産学官にわたって五感情報通信技術の研究開発を推進する中核拠点が存在せず、それぞれの研究グループの持つ資産活用の面での有機的連携が十分に成されていない状況である。研究開発の推進のためには、各研究セクタにおける研究資産を有効に活用していくことが必要である。本節では、各研究セクタにおける現状での問題点を踏まえ、今後期待される役割について整理した。


(1) 民間企業

従来から、情報通信分野の研究開発では、民間企業による貢献も極めて大きい。特に、各種デバイス要素技術、ソフトウェア技術、システム技術等は、五感情報通信分野を発展させる上で必要不可欠である。一方、五感情報通信技術は、技術的に未開拓な分野が多く、また、研究領域も広範であるため長期的な研究の取り組みが求められるが、民間においてはこのような研究の長期的継続が困難な側面もある。このため、国が研究を先導し、民間企業が有するポテンシャルを結集させるための方策を講じていくことが必要である。

(2) 大学・大学院

大学・大学院は、次世代を担う人材養成の中核機関であるとともに、基礎的・先端的な研究の担い手として重要な役割を担っており、未開拓な要素の多い五感情報通信技術の研究開発においては学際的な活動に関する大学・大学院への期待は高い。そのためにも、従来から指摘されているように大学・大学院への研究支援体制を早急に充実させる必要がある。

(3) 国


国として取り組むべき研究開発分野としては 

・公共性が高い分野の研究開発

・多様な分野に共通的・普遍的な研究開発

・波及性が高く緊急性を有する研究開発

・国自らが利用者となる分野の研究開発

等が挙げられる。五感情報通信分野は、未開拓な部分が多く研究分野としてハイリスクな側面もあり、また将来の情報通信技術として高い公共性を持つものである。更に、研究領域が広く情報通信分野に限らず、ライフサイエンス、ナノテクノロジーなど多様な分野への波及効果が期待できるものである。このように、五感情報通信分野の研究開発は国として積極的に推進して
いくべき分野であり、国として独立行政法人通信総合研究所等の政府系研究開発機関の活用を図るとともに、研究開発支援制度の活用・拡充により大学・民間企業等における研究開発の支援を積極的に推進していく必要がある。

(4) 政府系研究機関・特殊法人等

独立行政法人「通信総合研究所」をはじめとした各政府系研究機関において、情報通信、人間の知覚システム、脳科学など五感情報通信技術の各研究要素に関する基礎的、先端的研究が行われている。

また、研究開発を実施する特殊法人等は、それぞれ所管する省庁と連携して多様な研究開発支援制度により、研究開発を支援している。五感情報通信分野の持つ、非常に広い研究領域における様々な研究フェーズ・規模の研究を支援していくためには、これら多様な研究開発のスキームが今後も維持・拡充されていくことが望ましい。

これまでに述べた研究開発機関以外にも、例えば、情報通信分野におけるR&D会社である、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、国内外から優れた研究者を集積し、仮想現実感の要素技術や臨場通信会議の応用システム技術など視覚・聴覚・触覚などの感覚に関するセンシング、再生技術の研究で優れた実績をあげており、このような、特色があり優れた研究開発を行っている研究開発機関・組織を発掘し、そのポテンシャルを生かしていくことが重要である。


4−4−3 研究開発体制

予算や研究者をはじめとする限られた研究資源の中で、最も効率的に研究開発を行うには、それらに相応しい研究開発の場や形態を柔軟に選択できる環境を整備すべきである。さらには、五感情報通信技術というこれまでにない枠組みの中で新たな研究開発を推進していくには、従来の形にとらわれない新しい仕組みを作り出して、プロジェクト参加者全てにメリットのある仕組みを工夫していく必要がある。そこで、国家予算を投入して研究開発体制を整備していく上では、以下の点に留意すべきである。


?? 五感情報を統合し、感覚の相互作用やトランスファを実現するための情報通信技術を開発するには、これまでのように各感覚が個別に研究を進めるのではなく、お互いに共通の認識のもと情報交換を密に行う必要があり、そのための共通のステージが求められる。

?? 技術的に解明されていない分野が多く、熟度の低い五感情報通信技術の研究開発を推進するためには、情報交換の場をベースに、持続的、継続的に活動を続けて行くことが重要である。


?? 基礎的な要素技術的な研究から実用化を見据えたプロジェクト型研究等、混在する様々なフェーズに適切に対応するために複数の支援ツールを活用することが望ましい。

以上の点を考慮し、情報の共有・交換の場を中心として有機的に連携した各研究グループからなる研究開発体制のイメージを図4−2に示す。各感覚で個別に研究を進めている各研究グループの代表を構成員とする五五感情報通信調査研究会(仮称)を立ち上げ、統合した五感情報通信を実現するための情報交換の場及び戦略的な検討の場として継続的に活用する。期待される機能としては、

@ 工学、生理学、心理学などの研究分野の産・学・官の研究者相互及び総務省、関係府省との情報交換・協力関係を構築する。これにより、五感情報の統合的な通信や感覚間の相互作用に関する検討・情報交換を促進し、各感覚のセンシング・伝送・再生技術の実現のための生理学・心理学分野との研究情報交換、さらにはこれまで主として感覚毎に行われてきた研究の成果を他の研究分野と共有することができる。

A で得られた研究情報や成果を適宜評価し、研究開発推進の在り方に関する意見の交換を実施するとともに戦略的に検討を行う。

B 五感情報通信技術に関する研究開発プロジェクトの抽出を行うとともに、得られた成果を共有し全体へのフィードバックを行う。などが挙げられる。基礎研究分野については、通信・放送機構(TAO)の公募研究をはじめ、科学技術振興調整費、科学研究費補助金等、各府省が所管する既存の基礎研究推進制度等を活用し、研究開発を推進する。また、研究開発情報の交換・共有の場である五感情報通信技術調査研究会(仮称)で得られた研究開発情報のうち、実用化に近い研究課題や、他の研究グループの研究課題との組み合わせなど戦略的に推進すべきテーマを抽出し、プロジェクト化して推進する。総務省(及び関係府省)は、抽出されたテーマをプロジェクト研究として支援・推進する。


五感情報通信の研究推進体制




図4−2五感情報通信技術の研究開発の推進体制図

4−4−4 効果的研究推進のために留意すべき事項

前節で述べた研究開発体制のもと、五感情報通信技術の研究開発を効果的に推進するために留意すべき事項は以下のとおりである。

(1) 研究開発予算の使用に係る柔軟性の向上

(2) 国際的連携の強化

(3) 民間における研究開発の促進

(4) 大学・大学院の研究支援体制の充実

(5) 産学官連携の促進

(6) 省庁間の連携

(7) 優秀な人材の確保と交流の促進

特に(6)の省庁間の連携については、五感情報通信技術の研究開発分野は多様な分野に渡り、現在行われている公的機関の研究開発支援制度による研究開発に限っても、総務省をはじめ、文部科学省、経済産業省、農林水産省など複数の省庁が関係している状況にあることから、研究開発を円滑に推進するためには、研究推進を担当する省庁間の連携が不可欠である

前節で述べた、研究開発情報等の情報交換の場を最大限に活用し、研究開発予算、研究プロジェクトのテーマ等、研究開発の支援・推進を連携して行うことが求められる。

以上、下記のHP(PDFファイル)よりワードにコピーしました。

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/gokan/pdf/060922_2.pdf

kkk